第十五話 孤高の復讐者

 

 根津は周到にプランを練り始めた。自分がこれまで培ってきたドローンの技術を用いれば、目的は必ず達成できるはずだ。警備網の意表をついた安倍元総理への銃撃事件があり、そして岸本総理に対する、鉄パイプ爆弾を用いた襲撃事件以来、要人警備はより厳重になり、一般人が容易に近づくことは難しくなった。しかし上空からのアプローチに対しては、まだ無防備に近いと思えた。

 2024年3月、一機の中国製無人機が横須賀にある海上自衛隊基地の艦艇係留地上空に侵入した。もちろん基地上空はドローンなどの飛行禁止区域になっている。しかしこの無人機は全く探知されることもなく易々と侵入し、全通甲板を持つ空母に改装中の護衛艦「いずも」の真上を低空飛行し至近距離から撮影、中国の動画サイトに投稿されたのである。国の安全保障を担うはずの海上自衛隊の重要な基地が、丸裸にされたも同然のこの失態に国内の関係筋から懸念の声が上がったのだが、この国はドローンの侵入に対して全く無警戒であることが証明されたのである。

 おりしも衆議院の解散総選挙を控え、各政党トップが全国各地で応援演説に出る機会は多くなる。選挙カーの屋根に設置された演説台にたち、マイクを握って聴衆に訴えかける、その機会を狙うことにした。ターミナル駅前などでは多くの聴衆が集まり、警備の警察官を数多く配置して目を光らせるはずである。しかし選挙カーの大音量のスピーカーが、ドローン特有の高速回転音をかき消してくれるはずで、上空に制止する物体に警戒の目が向けられることもないだろう。いや、たとえ気付かれたとしても、上空の飛行体を止める手立てはないはずだ。海上自衛隊横須賀基地での事件が示すように国内ではドローンを使ったテロなどは、まだ前例がないのだから。

 根津は全国主要都市を回る岸本総理の応援演説予定から、計画実行の場所を、札幌駅前に絞ることにした。偶然にもここは数年前、選挙カーで応援演説中だった当時の元総理に対して「安倍辞めろ!」「増税反対!」などのヤジを飛ばした市民に対して、北海道警の警官が強制排除を行った場所でもある。この実力行使に対して、排除された二人の市民が、表現の自由の侵害であるとして裁判所に提訴した因縁の地でもあった。しかし権力に手名付けられたこの国の裁判に、何かを期待することなど所詮、無駄なことではないかと思う。

北海道まではフェリーで渡ることにした。10㎏程度の積載物を運ぶことのできる中型のドローンともなれば、結構なサイズになるので、車で運ぶ必要がある。根津がドローン製作のラボとして借りている筑波学園都市の工場から、常磐高速自動車道を走って東北の仙台港まで約5時間、そこから車ごとフェリーで渡れば翌朝には苫小牧港に着くことができる。そこから道央自動車道を走り、札幌市内までは1時間ほどだ。

問題は比較的大きなサイズのドローンをどこから飛ばすかであるが、前に一度訪れたことがある、広大な北海道大学構内が頭に浮かんだ。札幌駅からは目と鼻の先である。

2021年の真夏に開催された東京オリンピックの代替地として、北海道がマラソン競技会場に選ばれた。そして、ここの大学キャンパスがコースとして使用されたことからも頷けるように、とにかく広い。

札幌農学校が前身の北大には各種試験のための農場があり、普段でもほとんど人気がないうえに、今は冬である。仮に目撃する者がいたとしても、ドローンによる肥料散布のための実験飛行くらいにしか映らないだろう。

しかも大学構内には、何か事件でもなければ、警察のパトカーの類はほとんど入らない。大学の自治区内と考えられているためである。一方で一般車両に関しては、ゲートで適当に行き先を告げるだけで、ほとんどノーチェックで出入りすることができる。

いったん上空に飛びあがったドローンはGPS機能を有し、あらかじめプログラミングされたルートで自立飛行することができる。最終的には、搭載した高解像度のカメラで直接、目標をとらえることができるだろう。

車の中からコントローラーのモニターを見ながら操作できるので、人目に付くこともない。大学構内から、商業ビルが立ち並ぶ札幌駅の反対側で行われる演説会場まで、わずか5分程度の飛行と思われた。

最も悩んだのは、ドローンに何を積むかであるが、根津には爆発物などの知識はなかった。搭載できる重量の制限からも、もっとも簡単な方法として手に入れやすいガソリンを使うことにした。通常は農薬などを積載するドローンの樹脂製容器に替えて、割れやすいガラス製の容器に入れ、選挙カーの上空10m程度の高さから落下させる。ガラスが割れて漏れ出たガソリンが揮発したところに、簡単な着火装置を備えたドローンをそのまま突っ込ませる。

 

根津は北大キャンパスの、有名なポプラ並木の近くに、ワンボックスカーを後ろ向きに停めた。人が近づいてきても、通路からは車の前部しか見えないようにするためだ。時刻は夕方5時半を過ぎて辺りはすでに暗くなり、人影は全く見えない。車の後ろ側に回り、後部のハッチドアを開けると、ブルーシートで包んだドローンを取り出した。折りたたんであったフレームや四方向のプロペラを広げると、約1.8m四方の機体がスタンバイ状態になった。

もともと農業用ドローンの機体を改造したので、農薬を搭載するためのタンクスペースがついている。同じ大きさのガラス容器に、用意してきた携行缶のガソリンを注ぎ込み、機体のアタッチメントにセットした。搭載能力にはまだ余裕があったが、計画遂行には十分な量だと判断した。その分、気象状況などにも左右される飛行時間に余裕が生まれる。

岸本総理が演説会場に到着するのは、午後6時頃と予定されていた。その時刻に合わせるように、機体に電力を供給するバッテリーを装着、コントローラーのスイッチをオンにした。かなり高い回転音を発生させながら4つのプロペラが回転を始めた。しかし寒い冬の札幌の大学構内で、この時間に屋外に出ている人間はほとんどいなかった。

ドローンがゆっくりと浮上すると、プログラミングされた飛行経路に沿って南の方向に飛び始めた。根津はコントローラーを持ったまま車に戻り、エンジンをかけて暖を取った。あとは、自動で目的地まで誘導してくれるはずである。コントローラーのモニターに、駅周辺を俯瞰した映像が映し出された。今回は夜間の飛行なので、機体には高解像度の一眼レフカメラが装着されていた。

ドローンはすでに札幌駅で分岐する函館本線上空を通過し、駅前の演説会場に近づいていた。機体の収音マイクが、大音量のスピーカーから流れる音声を拾い始めた。目標となる選挙カーが前方に見える。車の屋根の演台には、5人ほどの人影が認められた。

その中央で、マイクを握り聴衆に向かって叫んでいるスーツ姿の男性、間違いなく岸本総理であった。根津はコントローラーのスティックを操作し、10mほどの上空で機体をホバリングさせた。総理の後ろに立っていた要人警護らしき人物が上空を見上げたが、岸本総理は気付いていない。カメラが真下に選挙カーをとらえた瞬間、ガソリンの入ったガラス容器を一気に落下させた。そして機体をそこに突っ込ませると、大きな火柱が上がった。

根津のモニターに送られてくる画像もそこで消えたが、それ以上、見る必要はなかった。どれほど厳重な警護がついていたとしても、あの状況から逃れるすべはないはずだ。

巻き添えで選挙カーにいた数人が犠牲になるのは避けられないが、そもそも今回のターゲットは岸本総理個人だけではなく、現政権そのものであった。彼等にしても、現政権を支える側の者たちであり、漫然と軍拡に加担した当然の報いだと思う。

今回の、台湾をめぐる軍事衝突で犠牲となった自衛隊員や沖縄住民の数に比べれば、取るに足らない数ではないか。根津はゆっくりと車を動かし、何事もなかったかのように大学構内の出口に向かった。遠くからパトカーのサイレン、そして現場に急行する消防車両や救急車の、騒然とした音が聞こえてきた。

 

ドローンを使った犯行となれば、いずれ登録してある名簿から、自らに捜査の手は伸びてくることになるはずだ。しかし、根津には覚悟ができていた。無二の親友だった五木、そして自分を育ててくれた宮古の島。誰かがなさねばならない復讐を成し遂げて、思い残すことは何もない。

数日後、苫小牧から仙台に向かうフェリーの甲板上から、一人の乗客が転落したとのニュースが流れた。船内に残された車の所有者から、根津の名前が割り出されたが、その遺体が発見されることはなかった。

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捨て石 おおたき たつや @sennri

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