第二章
第71話 録音機
夜羽(ヨハネ)はレコーダーを眺めている。
夜羽は妄想屋。
斜陽街一番街の、バーの片隅のテーブル席で、
このレコーダーで妄想を再生したり録音したりするのが仕事だ。
斜陽街の番外地から、
黒い風が去っていってから、どの位経っただろう。
夜羽は帽子の縁で見えない目で、遠くを見るような仕草をした。
思い出そうとしているのかもしれない。
それでも、思い出せなかったのか、また、レコーダーを眺めた。
夜羽は何か思い付いたらしく、
レコーダーに触れながら話しかける。
録音は入っていない。
「あるいは、僕の方がレコーダーのオプションなのかな?」
夜羽はレコーダーをつつく。
「レコーダーが妄想を呼吸するのを手伝っているだけなのかな?」
夜羽は笑う。
ただし、目は見えない。
頬の筋肉の動きや、唇の動き、
そして、「ふふっ」という、笑い声が頼りだ。
バーのドアに付いたベルが鳴り、
来客を知らせる。
夜羽は、客か…新しい妄想か…と、思ったが、
どうやらバーの客だったらしい。
カクテルを注文している。
(妄想屋も閑古鳥が鳴いてるな…)
そう思った夜羽に、さっきの客が寄ってくる。
「なぁ、あんた妄想屋だろ」
「はい」
「俺の妄想聞いてくれよ…川が流れているんだ。川がいくつもあるんだ…川が、町を出るとたくさん流れているんだ…」
「川、ですか?」
「そう、ひとまたぎできるくらいから、橋を使わないと到底渡りきれないものまで…」
「それがいくつも…町の外に…」
「そうなんだ!そして、川をいくつもいくつも越えていった向こうには、あの時伝え聞いた…伝え聞いた…」
夜羽はレコーダーを回す。
新しい妄想を録音するために。
レコーダーの呼吸を助けるために。
レコーダーのオプション。
それも悪くないと夜羽は思った。
録音機の意志はわからないが、
これも相変わらずの妄想屋の仕事、
そして、バーの風景である。
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