第62話 弦
これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
天使の彫られた扉の向こうの世界の物語。
アキは逃げ回っていた。
夢だとわかっているのに起きられない。
夢にしては余りにもリアルすぎる。
それとも、これが現実なのか。
足がもつれそうになりながら、アキは逃げていた。
(僕の命をあげれば、ナナさんは幸せ…)
その考えが頭を過ぎり、アキは足を止めた。
(ナナさんが幸せなら、イチロウさんもきっと幸せ…)
涙が一粒だけ、頬を流れて落ちた。
アキはナナに向き直った。
そして、ふわりと微笑んだ。
ナナがナイフを振り上げる。
アキは微動だにしなかった。
ピーン
何かの弦が弾かれる音。
その音に弾かれるように、ナナのナイフが暗がりに飛んだ。
「アキの命は渡せない」
男の声がしたような気がした。
「代わりにこのギターの命の弦を断つから…」
張っていたものが断たれる音がする。
ぷつりぷつりと。
3回は近く、3回は遠く。
音がする度、ナナの顔が正気に戻っていった。
音がする度、ナナのドレスが白くなっていった。
音がする度、暗がりが晴れていった。
6回の音が終わった時、
白い空間の中、二人はいた。
アキはナナの手をとる。
「帰りましょう。帰って、みんな幸せになりましょう」
ナナがくしゃっと泣きそうになった。
そして、頷いた。
帰り道はわからなかったが、
明るい方に歩いていった。
夢魔の空間らしく、いろんな光景が過ぎっていった。
それは、どこかの喫茶店らしいところ、
ピエロがたくさん飾られている。
黄色いサロペットの技術者らしい男と…
前髪の長い男が、ギターを持っている。
弦は3本切れている。
男の目は前髪で見えない。
その唇が…「アキ」と呟いたような…
アキはそこで目を覚ました。
目を覚ましたそこはいつものベッド。
おぼろげに、遠くの3回は彼のものだったのかと思った。
「ありがとう」
そう呟けば、ピエロだらけの中、男が笑った気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます