第46話 歌

彼女は歌う。

様々の思いを乗せて。


「いまいましい…」

人形師は人形を抱きかかえながら言う。

腕の中の人形はフランス人形。

今にも破裂しそうだ。

「マリー、大丈夫か?今、螺子師のところに連れていってやるからな…」

人形師は人形に語り掛ける。

それはそれは優しい口調で。

「それもこれも、いまいましい歌が…」

腕の中の人形が、きりきり言いながら膨れる。

早く連れていってくれと訴えているようだ。

人形師は慌てて支度を整えると、三番街に出掛けた。


彼女は歌う。

様々の思いを乗せて。


「胸が張り裂けそうだ…」

探偵は八卦池の近くにいた。

スカ爺に情報をもらいに来たのだ。

「そなたもそう感じるか」

「ああ、辛くて辛くて胸が張り裂けそうだ」

そうかそうか、と、スカ爺は一人で納得する。

「この池を見なされ…」

探偵は池を覗き込む。

池には歌の波から細波が立っている。

「細波のおかげで電網もろくに覗けぬわ…」

「あんたも大変なんだな…」

「頼まれた情報はあるぞ」

スカ爺はそう言うと情報を取り出した。


彼女は歌う。

様々の思いを乗せて。


羅刹は廃ビルの近くにいた。

黒い風が吹いたと、妄想屋は言っていた。

斜陽街の連中は、廃ビルに宿ったそれをあまり歓迎していない。

人形師にいたっては、早く出ていって欲しいと思っているだろう。

「でも…」

羅刹は廃ビルに宿ったそれがひどく懐かしいもののように思われた。

「黒いドレス…大きなガラス管の中にいる男…灰色の大広間…」

どれもこれも記憶にないはずの光景だった。

以前の雷の日、フラッシュバックした光景だ。

羅刹は、廃ビルにそれらがいるのだろうと思っていた。

黒いドレス。それは女だろうと根拠もなく思っていた。

その女がこの懐かしい歌を歌っているのだと思っていた。


彼女は歌う。

様々の思いを乗せて。


羅刹は思う。

自分は彼女を知っているのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る