紅は園生に植えても隠れなし②

「この前の大会で、あなたの後輩と初めて試合をしました。八倶坂やくさかは地区が違ったから名前と大体のプレースタイルしか知らなかったけど、二人ともとても印象に残ったの。わたしと初めて当たってああいうプレーができる選手はあまりいないから」


 巻幡まきはたの言葉は平原を少なからず驚かせた。正藍寺しょうらんじが園部を警戒するというならまだわかるが、八倶坂の選手までも把握しているとは。

 中学時代の大会でわざわざデータを取ったのだろうか。自分の後輩には目が向かなくとも対戦する可能性がゼロに等しい他校の部員については何年経っても忘れていないというのだから、呆れるほどの手加減のなさだ。


「わたしはいつも相手に合わせて戦うけど、平原さんは違う。どんな相手にも等しく、自分のプレースタイルで勝つでしょう? きっと部活でもそうだったんだと思う。初心者相手に手を抜かなかったんだと思うの。だから八倶坂出身の選手は本番に強い。井浦さんの話に戻るけど、わたしにも八倶坂の部員たちはあなたから影響を受けてるように見える。本気の平原さんと戦い慣れているから誰とでも普通に試合ができるんだと、」

「いつまで前置きだけ喋る気? 静井しずいみやこの練習台になれって言いたいなら最初からそう言ったら」


 歯切れの悪さにむっとしていくぶん語調を強めると、巻幡が数度瞬きしてこちらを見る。常に明るく堂々と、実力相応の威厳ある振る舞いを見せる巻幡唯がまとう余裕がわずかに崩れ――しかしその動揺をすぐに押し込めて、巻幡はつまらなそうに嘆息した。


「なんだ、そこまでわかってたの。それならわざわざ来る必要もなかったのに」


 巻幡唯のプレースタイルを一言で表すならオールラウンダーだ。淡々と相手の弱点を狙うだけでなく、時に試合中に相手のプレーを真似て打つこともある。

 本人の言葉通り対戦相手に応じた戦い方をしているのは間違いない。では明確な弱点のない選手とはどんな試合をするのかと言えば、今度は相手の長所を見つけてそこに合わせていくのだ。

 速攻との試合で真っ向から打ち合い、ラリー戦に強い相手と粘り強くラリーを続ける。土田佐奈が相手の得意とするプレーをさせまいと策を講じるのに対し、巻幡はむしろ相手が全力を出せるようお膳立てをするわけだ。


 正藍寺の部員たちは日々巻幡に課題を見つけさせられ得意なプレーを磨かれているのだろうが、静井の場合は話がややこしい。

 先輩同様相手を封じこめるスタイルだからこそ、静井が巻幡と試合をしたところで他の部員ほどいい練習にはならないはずだ。静井にはむしろ、一貫して攻撃的な姿勢を取り続けるような――それこそすみれや平原といった選手のほうが練習相手にふさわしい。利用されるのは癪だが、巻幡の考え自体は理解できた。


「今まで正藍寺のためにいろんなことをしてきたけど、ここまでのリスクを取るのは今回が初めて。コーチからは無理矢理許可を取ったから、これで負けたらうるさいでしょうけど……その分得られるものはあると思うから。もちろん、平原さんのところまで回った上で勝てるのが一番だけど」

「うわ、勝者の余裕ってやつですね。もしかして巻幡さん、まだ試合前だってこと忘れてません?」

「少し静かにしてほしいって頼まなかった? でも、たしかにわたしも長居しすぎたかもしれません」


 お邪魔しました、と小さく頭を下げた巻幡は、それきりこちらを一顧だにせず人気のない通路を歩いて行った。よほど腹が立ったのか、表面的な笑顔をかなぐり捨てた井浦がどかりと前の座席に足をかける。


「なにあれ、もしかしてわざわざセイちゃんに本気で静井都と試合してねって頼みに来たんだ? ばっかみたい! それに乗るセイちゃんも大概だけど!」

「その話は昨日も散々した、もういいでしょ」

「よくないよ。あたしだって別にセイちゃんがそう簡単に負けるとは思ってないけど、勝負事に絶対なんてものは――」


 ぷりぷりと怒り続ける井浦をさらりと受け流し、平原はエナジーバーの箱を手元に引き寄せる。気にかかることがないではなかった。平原には、巻幡が団体不出場の件でコーチから了承を得たというのがどうも信じられない。

 なにせあの正藍寺のコーチは、平原が負ける姿を見るのを唯一の趣味としているような人間なのだ。説得するのによほど骨を折ったに違いないが――しかし、そこまでして静井と自分を戦わせたいとは。


 結局一から十まで後輩の話だった、と振り返った平原は呆れ半分で粉っぽい栄養食品を囓り、またひとつ小さな咳をした。

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