綺麗な薔薇には棘がある④

「マリちゃんは変わってるねえ。大体の人はさ、あたしが完全無欠の井浦いうらもえちゃんじゃないと勝手にあれこれ言い始めるんだけど」

「知らないわよそんなの。あたしは負けず嫌いで気難しい井浦さんのほうが好きだもの」

「それはマイナー志向なことで」


 にやついた井浦が茶化すと、なによそれ、と鞠佳まりかが唇を尖らせる。二人のやりとりは園部中の頃となんら変わらない。鞠佳と井浦は先輩後輩というより気心の知れた友人のような付き合いだったが、誰よりも浜崎はまさき海玲みれいを慕っていた鞠佳がどんな思いで花ノ谷かのやに来たのか、井浦はいまだに測りかねている。

 来てくれると思った、なんて大嘘だ。浜崎を追って正藍寺しょうらんじに行くというのは現実的でないが、かといって鞠佳が自分を追ってくる理由も思いつかない。

 あるいは鞠佳が、浜崎が正藍寺に移ったことで傷ついていたとして――それにしても、井浦のいるチームを目指す意味はどこにあるのか。


「マリちゃんは、海玲に勝ちたい?」


 率直に問えば、鞠佳はしばしぽかんと井浦の顔を見た。見開かれた大きな目に、困惑と怒りとが順番に映し出される。


「……今になって何言ってるのよ。だって、あんたが勝つって言ったんじゃない。海玲さんごと叩くんだ、って」


 とうとう後輩の目が潤み始めたところで、井浦はようやく理解する。

 ああそうか、と思った。この子は、ステージ裏から出て来られなかったあの日から、ずっとこうして泣きたかったのだ。出し抜けに訪れた理解はまるで突然で、前触れのひとつもなくて、けれど気付いてみれば疑いなく納得できるものだった。

 幸か不幸か、浜崎が井浦に進路を告げた瞬間に居合わせてしまった鞠佳は、井浦の宣戦布告を真に受けて今ここにいる。自分の発言で花ノ谷を選ばせてしまったのなら、やはり井浦には勝利を目指す責任があるのだろう。


「鞠佳、海玲のこと嫌いになった? なれるわけないよね。まあ、あたしは今でもあの野郎~って思ってるけど! でも、だから――あたしは、海玲が選んだチームに勝ちたいわけ。あいつがあたしたちより正藍寺を取ったなら、その強い正藍寺を負かしてやりたいじゃない? だからこれは、純粋に一番になりたかった園部の時とはちょっと違う。ただの憂さ晴らしだし、八つ当たりとも言うね」

「あんたはなんて言うか、自分に対しても皮肉っぽいわよね」


 ごしりと乱暴に目の下を擦った鞠佳が妙に的確なことを言う。力なく笑った井浦は、すっかり長い付き合いになった後輩と目を合わせた。


「ごめんね、あたしが海玲とやるんじゃなくて。本当だったらここで海玲に勝って正藍寺に勝ちたいけどさ、そんな贅沢言えるほど強くないから」


 あれだけ威勢よく啖呵を切っておいてその浜崎との対決を避けるなどお笑い草だ。我ながら無粋だとは思うが、井浦は冷静に自分の力を見定めていた。

 どれほど格好がつかなくとも、これが勝ちに行くうえで最良の判断だと井浦は思う。もっとも、最後は平原に懸けるしかなくなってしまったけれど。


「だからまあ、鞠佳はむかついてるかもしれないけど……あたしは本気で優勝するつもりでいるから。こんなチャンスはもうないし、せっかく手を抜いてくれるならしっかり勝たせてもらわなきゃね」


 許してくれるかなあ、とわざとらしい猫撫で声で尋ねれば、当たり前じゃない、と鞠佳が呟く。心優しい後輩に報いるためにもまずはダブルスで一応の結果を出すとしよう。井浦は満足げに頷いて、カラーゴムで結んだ癖毛を指に絡ませた。

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