薫蕕器を同じゅうせず④
体育館に通った小学生の多くは田宮東中に入学し、中学でもその競技を続ける。卓球部に至っては顧問までもがその教室のOBで、体育館でスポーツを教える大人が部活に介入するのは自然な流れだった。
サーブの構えから試合中のかけ声まで見本通りに練習した。コースを切り替える時は少し上体を起こし、相手がフォア前にサーブを出してきたら右足をこう、ミドルを狙われたら両足を開きバックで打つ、相手がこうしてきたら――マニュアルは無数にあって、試合でそれを守らなければ叱責される。部員のプレースタイルが似通っていくのは当然だった。
同じ人から教わっているのだから仕方ないと割り切ろうとした。それでも薫子には、自分のフォームが自分のものであるという実感がいつまでも沸かなかった。
一番の実力者だった若山でさえ指導に従っていたのだ、薫子がそこから脱せようはずもない。けれど、もし自分に飛び抜けた資質があれば――ものが違うと言わしめる非凡さがあれば、あの顧問は考えを変えたのだろうか。
たとえば
スマッシュの打ち方も、基本的なフォームでさえもてんでばらばらの
一般に、団体戦では多様な戦型の選手を揃えるのがよいとされる。異質ラバーを使う部員がいない学校は園部のようなチームに手を焼くだろうし、カットマンが少ない学校は青木姉妹のように攻撃的なスタイルをとるカットマンと戦った経験がないかもしれない。井浦を見れば一目瞭然だが、変わったプレースタイルというのはそれだけで武器になる。
個性豊かな選手を揃えるメリットはまだある。味方にさまざまなプレースタイルの選手がいれば、実戦で変わった戦型の選手と当たった時にも柔軟に対応できるのだ。
全部員がほぼ同じ指導を受けていた田宮東はこの対応力が低かった。基本に忠実であるという形容は決して褒め言葉ではない、と薫子は思う。選手を一人見るだけで全員の特徴を把握されてしまうのは大きな弱点であった。そこを正面から突いてきたのが八倶坂であり、手が読まれていると知りながら自分たちの戦術に終始した田宮東はとうとう県大会出場を逃した。
顧問はしばらく荒れに荒れていたし、部員たちも少なからずショックを受けていた。しかし薫子はそうではなかった。嬉しかった。爽快ですらあった。長年疑問を抱いてきたやりかたが完膚なきまでに崩されたのは、薫子には実に象徴的なことだったのだ。
多様なドライブを織り交ぜ、フォア主体で緩急をつけて攻める薫子のスタイルが確立されたのはその後だ。部員たちは敗戦を機に自分の強みを押し出す姿勢を見せ、顧問もその多様性を黙認した。
自分の好きなように打つ。当たり前のようなことでも、薫子にとっては中三になってようやく得られた自由だった。だからこそそれを手放したくはない。固執とも言えるドライブへのこだわりを自分勝手だと切り捨てられたとしても。
こうして平原に苦言を呈されたわけだが、考えてみればおかしな話だ。個性というものに飢えていた薫子を解き放ってくれたのは八倶坂との試合だったのに、いざ手に入れた個性への執着をその八倶坂のエースに否定されたのだから。
「どしたの薫子ちゃん」
かちゃかちゃとプラスチックの弁当箱を片付けるえみりに声をかけられ、薫子は無骨なペットボトルを手元に引き寄せた。なんでもない、と呟いてミネラルウォーターを流し込む。常温の透明な液体は、無害そのものの味気なさで古い記憶を洗い流していった。
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