第2話 入管のために

 急いであの場所を出たものだから、せっかく涼しい場所にいたのに、多量の汗をかいて帰る羽目になった。

 帰る道の彼女の柔らかい手が心地良く、部屋についても尚感触は薄れていない。

「なに笑ってるん? 頭まだ熱回ってるんか」

 恐らく、無意識に笑ってしまっていたのだろう。

「回ってるんかな」

「まぁ、次は明日の昼かな。土曜日だろうし、その時にまた頭冷やしに来なさい」

「分かりました、先生。でも分からないことが一つあります!」

「なんだい谷知君。」

「どうやって連絡取るんですか」

「ラインで」

「へぇ、随分に現代的」

 連絡を交換し合う音が鳴り響いた。

「何してんの、あちる」

 部屋から母が見ていた。今の僕は、どんな裏切り者に、女たらしに見えているだろうか。

「あちる笑!? 君あちるって言うの笑笑」

「そうすけど」

「あひゃあひゃあひゃ笑笑笑」

「誰その子は」

 息子を疑う母、戸惑う息子対笑う娘の三つ巴は混沌を醸していた。


「で、誰なのその子は」

 ダイニングテーブルでの会議である。辞書やウェブサイトを以ってしても、きっと説明出来ないだろう。どうやってバンブースペエス学を、彼女との関係性を言えばいいのか。

「まぁ、あちる笑……君の同級生な訳ですが」

「まず笑うのを辞めなさい。同級生にしてはちょっと失礼すぎるよ」

「重々理解しておりま〜〜す」

 彼女の性格が本当に掴めない。人は臨機応変に言い草を使い分けると言うが、応用が利きすぎているのか。

「失礼な人だけど、いいじゃん。可愛い人とトモダチになったね兄ちゃん? 失礼な人だけど」

 妹の葉利はりが棘を含むフォローの様なものを入れる。

「女友達が出来るのは私も嬉しいんだけどね……こんな子は……」

 母の嫌味に嫌気が差していると、モシが目配せをしているのに気づいた。

(の技術見せたろかな)

(何を伝えたいんだ……? 腹減った? そんな顔してるよな?)

 意図が伝わってない事を理解したモシは、持っていた食べかけドーナツを皿に置き、椅子から立ち上がった。同時にあちるも立ち上がった。

「お腹空いてるよね、モシ。今カップラーメン作るから待ってて」

「???」

「兄ちゃん、座ってな」

 勘違いしていたあちるだけが座った。

「ゔぅん、まぁ、私は特別な資格を持っているんですよね。それをあちる君にも教えていた訳ですが」

「その理由はどうしてかしら?」

「ただ彼と接したかったからです」

 母と、その息子あちるの顔が赤面した。ただ葉利だけは穏やかに笑っていた。

「ストレートな感情が宜しい。気に入ったわ。うちのバカ息子を宜しくね……」

 何故かもう母は泣いていた。

「やっとか、やっと兄ちゃんに彼女が……ぐすん(嗚咽)」

「え?」

 妹も?

 「ところで、貴方の名前って?」

 母が彼女に名前を聞いた。

「可義良目モシです」

「…………分かった。モシちゃん、その教えてる資格ってどんなもの?」

「バンブースペエス学と言ったものです」

「バンブースペエス学ぅ?」

 葉利が素っ頓狂な声を出した。

 僕も素っ頓狂な声は出さねど、実に驚いた。そのまま話してしまうとは。

「具体的には?」

「まぁ……とでも言いましょうか」

「「「???」」」

 父を除いた一家を挙げ、疑問符を出した。

「ですから、貴方たちたまに思う事はありましょ。なんで自分あんな事したんだろう、何してたんだっけ? と」

 まぁたまに何してたか分からなくなるよね、と葉利。

「大抵、ただの生理的な問題なんですよねそれは。」

 皆んなで相槌をする。

「が、稀に空間作用……そのままに、タイムラグが起こっている場合があります。そこで私たちの出番です」

 突如モシが黒紫色のサイコロを投げた。出た目は一。すると、目の前にあったコップが消えた。

「なんだこのサイコロ!?」

「まぁ企業秘密ですからそれは言えません。とにかくこれが空間及びタイムラグです」

 コップは戻ってくるのよね? と母。

「奥さん、ご安心を……どこだっけ、接着剤ガニャーコ工作着バビラナ

 まさぐる彼女は、数分して自分のポケットからそれらしきものを出した。

 そしてなんと、その場で着替え始めた!!!

 驚き口が空いたまま塞がらない母をよそに、凄まじい反応速度で葉利があちるの目や鼻を塞いだ。今口をも塞いでしまえば、彼は窒息するであろう。

「ようし、じゃ、見せますから解放してあげて、葉利さん」

「なんであたしの名前知ってんの!?」

「空間整備員だもの」

 彼女がスパナらしきもので冷蔵庫の足元付近を叩いた。すると薄紫色の光が漏れているのが見える様になった。

「今見えてるのがねぇ、ガルバナなんだ。普段のの時空的層理。ちなみにあと二枚はめくれるよ、めちゃくちゃ労力かかるけど」

「なんかあたし頭おかしくなりそう」

 混乱する葉利をよそに、もしは説明を続けた。

「空間を壊して……まだ? もちょっと叩くか」

 無風のリビングに、ただ奇妙な、空間を叩く音が数十回とこだまする。

「ほら」

 三人が見た先には、紫色に包まれたさっきのコップがあった。

「こう言う風にモノや人は突如いなくなるから、私たちの出番があるのです」

 恐らく、空間整備員の導入編が終わった。

 普通ならここで拍手を送るものだが、彼女の職業が職業なだけに、誰もその行為が出来なかった。


「貴方がしている事は理解しましたが……」

「どうしたんです? ゆきなさん?」

「取り消しましょうかしら。お母さん貴方の事好きになれない」

 否定してしまった母をよそに、モシは道具をしまい玄関に向かった。

「私は好き嫌いせずに人を救いますよ。じゃね、あちる君笑」

 彼女は華麗なステップで玄関の扉を開閉し、帰った。

「あの娘はどう? 兄ちゃん」

「掴み所がなくて好き」

 母がフライパンで温めた夕飯は、すっかり冷え切ってしまっていた。

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バンブースペエス学 緑がふぇ茂りゅ @gakuseinohutidori

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