逝って還ってきた快楽被⚪︎人鬼紅

 蛇ノ目じゃのめ 蔵人くらうどはラスベガスのカジノに勤める日本人ディーラーだ。

 仕事は順調、日本にいる家族との関係も良好。近所トラブルも無し。順風満帆な生活だ。


「こんにちは、蔵人!」

「帰れーっ!」


そう、この男に付き纏われるようになるまでは。


「ふふふ、昨日ぶりだね。そのハンマーは何かな?もしかしてオレを殺すために……⁉︎」

「ゴミ捨て場を直してたんだよ!お前のためのじゃない!」


男の名はフォン。国籍不明、年齢不明、『紅』という名前も本人の自己申告。一切素性のわからない謎の男だ。

 一つ確かな事は、この男が凄腕のギャンブラーであるという事。ふらりとその辺のカジノに現れては店の金庫が空になるまでボロ勝ちしていき、またどこかにふらりと消えていく。蔵人がいるカジノでは、防犯カメラに映る紅の姿を見ただけで卒倒する従業員も少なくない。

 そんな生き方をしているからか、はたまた狙ってそうしているのか、とにかく紅は多種多様な人間に命を狙われている。


「ていうかお前、昨日殺されたって聞いたんだけど⁉︎」

「うん!ポーカーで負かした人がギャングの偉い人だったみたいでさー。こわーいお兄さんたちに両脇掴まれてカジノから引きずり出されて、そのままゴミ処理用のシュレッダーに……」

「ひいっ!わかった、わかったから!もう大丈夫!」


顔面蒼白の蔵人が紅の長台詞を制止する。


「……待てよ?それって体がバラバラになったんだよな?」

「うん。おまけにその後ドブに流されちゃったからさー。肉体が復活するまでしばらくかかっちゃった♡」


この紅という男、実は不老不死だ。どういう理屈かは知らないが、刺されても焼かれても溶かされても復活する。本人曰く『外なるカミに気に入られちゃった』らしいが。


「単純に疑問なんだけどさ。その……体が戻る間って意識とかあるの?」

「ん?普通にあるよー」

「えっ」


予想外の返答。


「暗闇にいるよ。手足を動かしたりとか言葉を発したりとか、何かを知覚する事はできないけど。ただ意識だけがあって、それだけ。夢が覚める直前の感覚に近いかな?」


その光景を想像して蔵人は思わず身震いする。


「オレは長くても体感で5分くらいだけど、死んじゃう人たちはずっとあそこにいるんでしょ?大変だなーって思う。オレだったら絶対ムリ!」


紅がケロッとした表情で笑う。蒼白だった蔵人の顔面は、もはや紙のようだ。


「俺は今、それを聞いて、死ぬほど、死ぬのが、怖い……!」

「アハハ!何それ!死ぬのがイヤなのに『死ぬほど』って……。アハハ!」

「笑うな!俺は本気でビビってんだよー!」

「アハハ!面白ーい!」


路地裏に蔵人の悲痛な叫びと紅の笑い声が響く。今日はハロウィン。死者が黄泉から戻る日だ。

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とわずがたり〜かみよもきかず外伝〜 鴻 黑挐(おおとり くろな) @O-torikurona

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