第4話 深淵の陰者 ③

遥か後方では、ダークネスの魔の気配が蠢いていた。死の匂いが、徐々に立ち込めてくる。

不気味な硫黄臭が、鼻を劈く。


10キロ以上走って、ルミナは辺りを確認した。

「準備は整った。ここで止めろ。」

俺は、彼女の指示に従ってバイクを停めた。ルミナは、得意げに腕を組み態勢を整えた。


「ルミナ、何かしたのか?」

「ああ、ちょっとな。時間稼ぎした。これで奴らは弱体化するし、お前も力を充分発揮出来るだろう。」


俺達は、バイクを止めると辺りの気配を伺った。

すると、乾いたような寒気が全身に奔っていたのだ。


「今回は、お前、一人でやってみるんだ。」

ルミナは何かを悟ったかのような顔をすると、自分の周りに透明なバリケードの膜を張った。


「は・・・?またかよ・・・」


ーこいつ…俺のことを試しているのか・・・?


ルミナは、時折、そういう人を試すようなこと尾をしてくる。


ー俺の能力値や精神状態を計っているのだろうか…?


木々の奥から、黒いスライムのようなものが湧いて出現してきた。それは、黒い影のような不気味なものであった。そしてそれが次々と束になって、大波のように大きく膨れ上がった。


ルミナの体は、バリケードに包まれながらそれに飲まれていった。

「チ…良いとこどりかよ」」

俺は、舌打ちながらも、術式を展開した。足元には幾何学模様の円陣が出現し、俺の足元をすくった。


彼ら目の前にいるドールは、かつて人間だった、亡者なる存在だ。彼らは、適性がなくダークネスになり損ねた、哀れな存在だ。「助けて・・・」「苦しい・・・」と、悲鳴が聞こえてくるようだ。彼らは、元々は赤ん坊や子供だった存在だ。何らかの事情で早世し、ダークネスの道具としていいように扱われているのだ。

大抵の人間は心が痛むことだろう。

だが、彼らに同情心をもってはいけない。持ってしまったら、最悪、自分もそちら側へと引っ張られてしまうのだ。


ドールたちは、両腕をうねうね震わせながら黒いスライム状の触手を延ばした。

その触手は、黒紫色の炎を纏いながら樹木の枝のようにうねうね震わせながら、俺に襲い掛かってくる。


触手に当たったら、最悪、自分の体も毒され、ダークネスとなり果ててしまう・・・


俺は、足元の円陣をサーフボードのように操作し低姿勢で滑らかに移動した。表情を鬼のようにして引き金を引いた。そして、尽かさず次々と連射し続けた。弾丸は、閃光の尾を引きながら、空気を切り裂き、次々と、目の前のドールたちの額に命中した。ドールたちは、炎に包まれながら、黄色い悲鳴を上げた。彼らは、やがて粉々になり蒸発した。


俺は、激しく波打つ黒いスライム状の液体の上に浮かびながら、じっと第六感を研ぎ澄ませた。


何処からともなく感じる乾いた冷気に、鋭い視線・・・そして、硫黄のような甘い匂いが立ち込める。



ー間違いない…確実に奴は近くにいる。



「おい、そこにいるんだろ?」


大波から、黒いマネキンのような人が浮かび上がし、修道服姿と例の男がにたりと笑いながら姿を現した。


「おやおや、思っていた以上にやり手だったのですね。」

修道服の女は、ほくそ笑みながらシャンシャン鈴を鳴らす。


辺りの、木々がザワザワと大きく波打ちながら揺れると、黒いスライムがぐにゃぐにゃ歪み、そこから子供たちの姿が出現した。だが、ここで俺の脳は混乱を起こした。


彼らはかつて、共に養成所で戦ってきた仲間たちだ。

彼らは、突如出現したダークネスの餌食となった。何で、彼らはここにいるのだろう・・・?いや、これは、奴が見せている幻だ。

その中には、かつての親友のレイやアミナも居た。

おそらく、奴は、相手の脳の深層心理に漬け込むことが得意なんだろう・・・

俺の心は激しくざわめきだした。

「オズ・・・」「オズ君・・・」「助けて・・・」「苦しいよう・・・」

顔なじみの仲間らが、俺をじっと見つめながら懇願してくる。


俺は、ハッとし激しく動揺した。

俺の心臓は、激しくバクバク音を立てた。全身からどくどくと汗が噴き出してくる。脳が真っ白になり、世界が歪んで見える。手足が震え、前身は硬直しだした。


ダークネスらは、目を細めながら愉快そうな笑みを見せている。俺は、銃を構えながら、ゆっくり呼吸を整えた。


ドールらは、両手を伸ばし黒い触手のように震わせ、そして蛇のようにうねうねさせた。そしてそれを、俺目掛けて伸ばしてくる。



俺が、額に汗を流しライフルを構えようとした、その時、だった。


ドールらの身体に、微かにヒビが入った。その背後に何やらぶくぶくと泡のような物が沸騰し、その中から、ルミナが飛び出し大太刀を振るった。風の刃は炎をまといながら華麗な弧を描き空気を切り裂いた。そして、彼等ドールの首一瞬でをはねていったのだ。



 俺は、再び呼吸を整え狙いを定めた。静寂の中で指が引き金にかかる瞬間、心臓がバクバク激しく高鳴るのを感じた。そこには、絶望のような怒りのような気持ちが入り交じっていた。引き金を二回引くと、まるで時間が静止したかのように弾丸が次々と放たれた。

 銃身から火花が飛び出し、弾丸はまるで閃光の矢のごとく一直線にレールを滑り出た、その瞬間、金属の掠れる音と空気が激しく振動し、激しく雷鳴を轟かせた。空気が裂けるような鋭い閃光が青色の閃光を纏いながら、ダークネスの額にめり込んだ。


閃光は、ダークネスの全身を包み込んだ。ダークネスは、激しい金切り声を上げた。全身にミリミリと音を立てながらひびが広がり、そして粉々になり塵となった。黒いスライムの波も徐々に消失し、そして消え失せた。


俺は、荒い呼吸をしながらその場で立ち尽くした。

「お前…利用したのか…?アイツらを。」


「何、今更な事言ってんだよ。」

ルミナは、体勢を整えると、大太刀を担いだ。


「アイツらは、俺の仲間だったんだ…」

俺は、瞳孔を震わせながら怒りを全開にした。

「彼は、ドールだ。だから、葬った。これで良いじゃないか?まさか、お前、彼等に情がある訳では無いだろうな…?」

「何、言って…」

俺は、口を閉ざした。ルミナは、こうなる事を分かっていたかのような顔つきをしている。

「彼らは、弱いから人からドールに成り下がったんだよ。ダークネスに心の弱さに付け込まれて、そして闇落ちした。」

ルミナは、俺の心を見透かしたかのように淡々とそう言い捨てた。


「お前に、何が分かるんだよ…」

俺は、怒りに塗れながら言葉を震わせた。


「勿論、何も、分からないよ。でも、弱いと終わりなんだよ。闇堕ちした者に、情けは必要ない。」

ルミナは、キッパリそう言い放った。


確かに、闇落ちしたらそれで終わりだ。

それは、今までの経験で全て知っている筈だ。


ルミナは、闇堕ちした者には、厳しい所があった。

ダークネスにもドールにも一切の情けはない。


彼女は、一切の過去を語ろうとはしない。

『弱いのは罪』『弱いから闇堕ちしたのだ』と、斬り捨てる。


彼女に、昔、何があったか気にはなるが、聞いた所で鉄拳を喰らうだけだろう。



それよりも、俺は、頭が真っ白で言語化出来ない気持ちが、頭の中をぐじゃぐじゃで一杯だった。


かつての養成所の仲間達が、ダークネスらの手によってドールにされて良いように使われ踊らされて来たという事実が、ショックだった。


何で、ずっとそれを知らなかったのだろうー?

自分に、何か出来る事は、あった筈じゃないかー?


それに、長い間、自分が封印してきた忌々しい過去に触れたような感じをも覚えた。








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