第2話
「はぁ。」
結局昨日はお母さんの放ったあの言葉が気になって眠ることができなかった。
「行ってきます。」
かばんをもって家を出る。昨日隣の部屋の前にあった荷物はなくなっていた。どうやら引っ越しの片付けが終わったらしい。今日中に挨拶をしに来てくれるだろうと期待を胸に学校へと向かった。
「凛香ー、おはよう。」
校門の前でそう声をかけたのは親友である姫奈千夏(ひめなちか)だ。千夏は高校からの友達であるが、颯との関係を打ち明けるほど仲の良い存在だ。
「千夏、おはよう。今日は一段とすごいね。」
千夏を見つめる視線が四方八方から。毎日この状態で過ごしているのだから千夏のメンタルは相当なものだろう。千夏は頭脳明晰なうえに学校一と言っていいほどの美人である。そのためとてもモテるのだ。ラブレターは一日5枚、告白は一週間に3回以上と並外れたモテ度である。そんな孤高の存在の千夏がなぜ平凡な私と一緒にいてくれるのだろうと疑問に思うことも多々ある。でも千夏は私のそんな思いとは裏腹に私と仲良くしてくれるし、私の陰口を聞くと代わりに怒ってくれるような優しい人だ。少なくとも私は友人の運はあるということだろう。
「いや、これ私に向けての視線だけじゃないと思うけど。まあ、凛香が気にしてないならいいや。」そう、千香がつぶやく。そんな千夏の言葉は私には届かず、夏の暑さに消えていく。
千夏と話しながら教室へと向かう。私たちはこの青華高校の特進コースなので、学校で1番遠い場所に教室があるのだ。
教室に着くとクラスメイト達が黒板に張り出された一枚の長い紙を眺めていた。
最初は遠くからしか見えなかったので何の紙なのか分からなかったのだが、人がいなくなって前に行くとそれがこの間のテストの成績順位表だと分かった。
「凛ちゃん、千夏ちゃん。おはよう。凛ちゃん成績やっぱすごいね。今回もまた1位だよ?それに千夏ちゃん。また10位圏内キープだね。やっぱ二人すごいよ。」
そう話しかけてくれたのは私と千夏のクラスメイトの芹奈(せりな)ちゃんだ。
「そんなことないよ。芹奈ちゃんだって今回のテスト、5位以内に入ってるじゃん。ねえ千夏?」
「そうだよ。芹奈のほうが私よりよっぽどすごいって。」
「いやいや。青のホームズと華の姫には敵わないよ。」
その呼び方、ほんと恥ずかしい。誰がそんなこと言い出しちゃったのー!まあ、でも千夏が姫っていうのはほんとにぴったりだと思うな。
「はーい、みんな席についてね。ちょっと早いけど、ホームルームを始めちゃいましょ。今日はみんなに転校生を紹介するわよ〜。」
担任の大海(おおみ)先生がいつも通り朗らかな声でそう話す。
こんな時期に転校生なんて珍しいな。仲良くなれたらいいな。
転校生がスタスタと教室に入ってきた。1番後ろの席なので、よく顔が見えない。すると、クラスの女子の何人かが黄色い声をあげた。
「うそ。イケメン!」
「颯じゃない?」
え、今、颯って言った?
「桐生颯です。親の仕事の都合で引っ越してきました。みなさん仲良くしてください。」
きっぱりそう言う。間違いない。あれは颯だ。
「先生知らなかったんだけど、桐生くんアイドルなんですってね。写真とか勝手にSNSにあげだらダメよ〜。あ、あとで先生にサインくれるかしら。」
先生ずるいよー、とみんなからブーイングが起きる。
「はい、じゃあ、桐生くんの席はあの1番後ろの髪が長いこの隣ね。あの子、優秀だし、優しいのよ〜。こないだもプリント整理するの手伝ってもらっちゃったりして。あらやだ、これ言ったらダメだったわ。とにかく、わからないこととか色々教えてもらってね。」
先生、凛ちゃんをこき使わないでよー、と芹奈ちゃんがヤジを飛ばす。
「優しいのは知ってますよ。」
と意味深に颯が言って、みんながきょとんとするのも束の間、颯が私の方へと歩いてくると、きゃーと女子が悲鳴をあげる。
「今日からよろしくね。凛香。」
もう、颯ってば。
「帰ってきてたなら連絡してよねっ。」
少し拗ねてみた。多分颯には効果ないだろうけど。
「凛香の驚いた顔が見たくて。優美先生と凛香のお母さんには言ってたんだ。」
だからか。あのニヤニヤ具合は。
「ドッキリ大成功だよ。颯には敵わないや。」
私たちは2人であははと笑う。そんなたわいもない会話をクラスにいる全員が傍観していた。
そして、クラスメイトの1人が聞いてきた。
「陽臣(ひおみ)さんって、颯くんと知り合いなの?」
「うん。幼馴染なんだ。あ、別に、隠してたわけじゃないんだけど。」
陽臣というのは、私のこと。陽臣凛香。この苗字、私は結構気に入っている。
そんなことお構いなしに、クラスはざわつく。
「そうなんだ。アイドルと幼馴染ってすごいね!」
「そうだね。自慢の幼馴染だよ。」
もう一度君と恋をしたい @siroikasumisou
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