13.櫻子の家で2人きりのクリスマス 中編
クリスマス!
午前9時!
私はセンター試験過去問集と筆記用具を持って櫻子の家に向かっている。
(鞄はユーフォニアムよりは軽い。でも肩に来る。……体力落ちたなあ。)
電車には他にも同じように英語や古文の単語帳をにらめっこしてる学生がいる。
負けてられない!
英語の単語帳とにらめっこしていたら、うっかり一駅乗り過ごしてしまった。
櫻子に連絡を入れて、反対方向の電車に乗り直す。
てくてくと歩いて櫻子の家に着いた。
いつものようにインターホンを押して、家の中に入れてもらう。
櫻子の部屋のミニテーブルはコタツに変わっていた。
入ると暖かい。
櫻子が点けておいてくれたみたい!
「寒かったでしょう、琴葉。暖かいココアを作っておいたわ。」
「ありがとう、櫻子。」
櫻子の作ってくれたココアは甘い中からスパイスのような香ばしさが顔を出してくる。
「甘くってあったかくて美味しいです。……これシナモンですか?」
櫻子のココアからは、なんだか香ばしい味がする。
「うふふ。シナモンもだけど、ジンジャーも混ぜてあるの。暖まるでしょ?」
「ジンジャーって生姜のことですよね。お店で飲む味みたい! ……あ。あれに似てる! 去年のクリスマスマーケットで飲んだ! えっと……グリューワイン!」
グラワインと言ったけれど、勿論ノンアルコールである。
櫻子もあの時は一緒にノンアルコールを飲んでいた。
一人で酔うよりも、私と同じものを飲みたいんだって。
「ふふ。そうよ。あのグリューワインもスパイスやフルーツが入ってたでしょ? 私、ハーブティーもだけどスパイスも大好きなの。スパイス入りのミルクティーも美味しくて暖まるわ。それもまた作ってあげる。ところでそのココア、甘いと思わない?」
「甘くってスパイシーで美味しいです。……でも、ココアってたいてい甘くないですか?」
そう答えると櫻子はいたずらっ子の顔になって笑う。
「うふふふふ! そこまでは流石に気づかないわよね。これ、スパイス以外にも混ぜてあるの。」
「え、なんなんですか?」
櫻子はいたずらっ子のままだ。
「これね……甘くないココアにシナモンとココア、そして……ブドウ糖が混ぜてあるの。」
「ブドウ糖。」
「ええ。コンビニやドラッグストアでも飴とかゼリー飲料とかで売ってたりするわ。脳の栄養なんですって。だから今日はそれでココアを作ってみたの。摂りすぎは眠気の元になるらしいから甘いものはとりあえずこのくらいで、後はおやつの時間、ね。じゃあ、頑張って。」
櫻子は言い終わると私のおでこにキスをして別の部屋に行ってしまった。
ココアをコタツに置いて勉強道具を広げる。
よし! やるぞ!
櫻子がウォーマーを用意してくれたので、時間が経ってもココアはなかなか冷めない。
コタツの温度は低めになっているけれど、勉強には快適だ。
(暖かすぎると眠くなっちゃうでしょう? と櫻子)
疲れたときは横になってもいいとも言ってくれた。
(そのくらい甘やかしても琴葉はダレないわよね? と櫻子は期待を込めてくれた)
お昼ご飯も櫻子が作ってくれるみたい。
去年の春休みに櫻子とおうちデートした時には、櫻子とケンカしちゃって冷めたお昼ご飯を温めなおして食べたこともあった。
今日のお昼ご飯は何が出てくるんだろ?
櫻子と同棲したら、一緒にご飯を食べるのが日常になるんだよね。
今日は櫻子に作ってもらうけれど、同棲したら私が櫻子に作ってあげるんだ!
〜お昼頃〜
「琴葉。そろそろお昼にしましょう?」
「はーい!」
まるで親と子どものようなやりとりを交わして私は一旦、勉強道具を片付けてコタツを拭く。
「こんな寒いクリスマスにはこれよね♪」
櫻子は湯気が立っている鍋を持ってきてくれた。
その中には!
「これ、カレーですか?」
「うふふ。昨日から鶏肉をヨーグルトとスパイスに漬けておいたの。チキンカレーよ。美味しく出来てるといいんだけど……。」
櫻子がカレーを盛り付けてくれる。
食欲をそそるスパイスの香りが漂う。
「美味しそう……。」
「一人だと簡単に済ませてしまうことも多いけれど。琴葉が食べてくれると思うと凝ったのも作りたくなっちゃう!」
「櫻子ありがとう! いただきます!」
鶏肉は柔らかくて、少し噛むだけでほろほろと崩れていく。
少しピリッとするくらいの辛さが身体も心も温めてくれる。
実際に体温も上がっているはずだけど、それ以上に幸せでいっぱいで、あったかい。
そして櫻子が最高の味付けをしてくれる。
その甘い声で。
「どう、琴葉……。美味しい?」
そりゃあ、もちろん。
「美味しい、です……!」
私は愛しい恋人の作ったカレーをあっという間に食べてしまった。
「ふふ。こんなに早くなくなっちゃうなら、次はもっとたくさん作ってもいいかもね。……さて。お口直しもあるわ。」
そう言って櫻子は、今度はスパイスと水をミルクパンに入れて煮出し始める。
そこへ紅茶を入れて煮出し、さらにそこに入るは蜂蜜と牛乳。
「ミルクティー!」
「うふふ。マサラチャイ、ね。これも暖まるわ! スパイスの中身は後で教えてあげる。簡単に作れるから!」
櫻子はスパイス入りのミルクティーを濾してマグカップに入れてくれる。
飲むと、スパイスの香ばしさと紅茶の香りがまた心をあったかくしてくれて、蜂蜜の優しい甘さが疲れた頭を癒してくれる。
「甘くて美味しいです。」
「ありがとう! 琴葉のためなら何度でも作ってあげるわ!」
甘く優しく満たされ……過ぎてしまったのか、不覚にも……眠くなってきた。
「ふわぁぁぁぁ……駄目駄目。寝てる時間なんて……。」
欠伸をしながら勉強用具を出そうとすると、櫻子に優しく抱きとめられる。
「……そんな眠そうなのに無理しても頭に入らないと思うわ。午前中から一生懸命だったもの。疲れが出たみたいね。……起こしてあげるから、少しお昼寝しましょう?」
「正直、眠いです。……ソファー、借りてもいいですか?」
私の返答に櫻子は
「ソファーだと肩とか腰とか首とか痛くなっちゃうわ。……私のベッド、使って。」
ベッド。
櫻子のベッド。
「あ、あのっ! それいいんですか!?」
櫻子は当たり前だとでも言わんばかりの顔で返答する。
「良いに決まってるわ。……琴葉は私の恋人なんだもの。」
櫻子のベッド。
絶対良い香り。
……あ。
今までの思い出に残る櫻子の甘く優しい香りが一気に思い出されてくる。
どんどんぼーっとしてくる。
「……もう随分眠そうね。……おやすみ。琴葉……。」
櫻子に手を取られ、私はベッドに寝かされた。
あの日嗅いだラベンダーの香りに包まれて、私は眠りに落ちていった。
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