12.櫻子の家で2人きりのクリスマス 前編

 文化祭が終わると、あっという間に10月も11月も過ぎ去って、気が付けばセンター試験まで1か月を切って12月に突入していた。

 こんな時にクリスマスなんて楽しめるの?……と思っていたけれど。

 私の恋人櫻子がお誘いしてくれたので、今年のクリスマスは櫻子の家で大学受験勉強と恋人とのデートの欲張りセットである。

 こうなったのには櫻子と私が誰の目も気にせずイチャイチャしたいから……と言いたいところ、なんだけど。

 実際のところ、そこまで呑気にしていられない事態になったのである。

 受験生につきものといえば。

 そう。

 センター試験模試。

 これの! 成績が! すこぶる振るわなかったのである!

 私の成績はもちろん櫻子も把握している。

 学校では担任の赤染先生から心配され、そして学校の外では櫻子に心配される。

 学校内で表立って櫻子に心配されることは無い。

 櫻子は私の「担任」では無いから。

「変に貴女だけを心配したら怪しまれるでしょう。」

 と、櫻子は言っていた。

 さて、今はクリスマス1週間くらい前。

 ここはいつも通りの櫻子の家。

 櫻子が淹れてくれたココアを2人で飲みながら話している。

 「学校で貴女を心配するのは赤染先生の仕事よ。先生としては手を出す範囲じゃないけれど、恋人としては放っておけるわけがないわ。貴女の未来は私の未来にも関わるのですもの。」

 高校を卒業して大学に進学したら、櫻子との同棲を予定している。

 今、私が櫻子と過ごしているこの部屋が、『櫻子の家』から『櫻子と私の家』になる……そういう見込みで櫻子はこのアパートを契約してくれた。

 卒業が危ういということは無さそう(あかえもんからはそのようなことは言われたことが無い)だけれど。 

「ううう。悔しい……。」

「悔しい?」

「櫻子と図書室でそれなりには勉強してたのに。まだまだでした。それに。」

「それに?」

「私の実力が足りないから、櫻子に要らない心配をさせちゃってる。」

 本当にあの夏休みに勉強してたのか、櫻子といちゃいちゃしてキスしてただけじゃないのか、と言われたら反論出来ないけど。

 そんな情けない私を、櫻子は優しく抱きしめてくれる。

「琴葉は少しくらい、私が甘やかしてもダレない。……そう信じて、今は厳しいことを言うのは控えめにしておくわ。それは赤染先生のお仕事でもあるから。……そうね。試験は問題や作問者との相性もあるから、運の要素も無いわけじゃない。その日の体調とかも、ね。……とはいえ。その日の試験で結果を出せなければおしまいでもあるから。……ここで落ち込みすぎてもいけないし、頑張りすぎてもいけない。……難しいわよね。」

 櫻子がふう、と溜息をつく。

 言葉の通り、櫻子は優しく私を慰めてくれる。

 内容的には先生モードだけど、櫻子そのものは恋人モードだ。

 私にはそう見える。

 とはいえ。

 志望校への進学。

 櫻子との同棲。

 叶えられるかどうかは全部、私にかかってる。

 櫻子に出来るのは、国語の指導と応援だけ。

 後は全部、私の努力次第。

「……ありがとう。櫻子。気持ちは楽になりました。……私はまだまだ、頑張れます。」

 抱きしめてくれてる櫻子を、私も抱き返す。

「うふふ。琴葉は真面目だから。……それに抱え込むほうでもあるし。追い込みすぎないで。……琴葉ならやれるわ。」

 櫻子が甘い声で励ましてくれる。

 それなら……遊んでる時間なんて無いし、櫻子も分かってくれるよね。

「うん。……櫻子。」

「なあに?」

 櫻子から一旦離れて、櫻子を見つめ直して。

「……その。クリスマス……今年は、勉強に当てようと思います。センター試験までにはもう時間がありませんし。ラストスパート、です」

 去年のクリスマスは櫻子と初めてのデートだった。

 もうあれから1年経つのか。

 いや、その前に。

 櫻子に告白したのも、去年のクリスマスの何日か前だった。

 去年のあの頃は、吹奏楽部のアンサンブルコンテストに加えて、櫻子への告白でいっぱいいっぱいだった。

 去年、意を決して櫻子に告白した。

 あの時の私が頑張ったから今、私と櫻子はこうして恋人として過ごせている。

 来年、またここでこうして櫻子と……朝も一緒に起きて夜も一緒に眠るクリスマスを過ごせるように。

 ……今は、踏ん張り時だから。

 櫻子は私の話を聞いて、頷いてくれた。

 俯いた時の顔は……寂しそうだった。

「ええ……。琴葉がそう頑張るのなら。……どこで勉強するの?」

「そりゃあ家で……」

「……どっちの?」

「え?」

「私の家ならお昼に目いっぱい勉強した後、貴女の門限まで夜は二人きりで過ごせるでしょう? おやつにチキンやケーキくらい食べてもいいし。」

 櫻子がまたも私を抱き寄せてくる。

「あの。気持ちはすごく嬉しいのですけど」

 まだ喋り終わってないのに櫻子はローズピンクに艶めく唇で私の口を塞いで来る。

 そんなことをされたら、もう私、どうしていいか。

 少し唇を食むと櫻子は唇を離して。

「お昼の間は、めいっぱい勉強して? ……その後、琴葉の門限までは2人で過ごしましょう? ……さっきも言ったけれど、根を詰めすぎないで?」

 甘い声で囁いてくる。

「……櫻子がそう言ってくれるのなら。」

 櫻子は嬉しそうに微笑んでくれる。

「お昼のお勉強中は、あまり声をかけないようにするわ。……でも、暖かい飲み物とか欲しくなったら言ってね? あ、国語科ならもちろん教えられるから。他の科目は残念ながら教えられないけれど。」

 櫻子の家でお勉強。

 もう何度もそうしてきたけれど、やはりクリスマスは特別だ。

 ……本音を言うと、少しは櫻子と過ごしたかった。

 去年みたいな甘々の蕩けそうなデートはほんの少しだけだけれど。

 来年も櫻子と、いや、この先ずっと。

 愛しい櫻子と甘い日々を過ごせるように。

 あとひと踏ん張り!

「はい! ……櫻子の家だからこそ、苦手な科目をめいっぱい頑張ろうと思います。」

「琴葉の苦手科目って、やっぱり数学よね。」

「……はい。……もしかしたら櫻子も赤染先生と同じ認識、だと思いますけれど。……言われちゃったんですよね。『清永さんはもう国語は勉強しなくていいから、数学をもっと頑張って』って。」

 せっかくの櫻子の申し出だけれども。

 それでも櫻子は笑ってくれた。

「うふふふふ。それは私も赤染先生と同じ見解よ。……琴葉の国語の成績は、すっごく良いもの。……私の教え方が上手いから? それとも?」

 後半から櫻子の声のトーンが甘くなっていく。

「櫻子の教え方が上手いのも勿論です。でもそれ以上に……。」

 私がどんどん熱を帯びていく。

「私が櫻子を好きだから、ですよ……。」

 櫻子が好きだから、国語は頑張れたんです。

 今は、櫻子がいるから他の科目も頑張れる。

 櫻子もどんどん熱を帯びていって、頬も唇と同じローズピンクに染まっていく。

「うふふ。……愛しい琴葉。国語科じゃない科目はなんにも手助け出来ないけれど。応援はしてるわ。……今年のクリスマスも、一緒に過ごしましょうね。」

 勉強しながらだけれど、甘く優しいクリスマスを今年も、櫻子と過ごせそうです。

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