浪人と妖刀と『捜索隊』

 ときは平安。


 玉藻前一家が姿を消して数日後、上皇の罹っていた、原因不明の病がなんの後遺症もなく、完治していた。


 全ては彼女の祈祷のおかげなのだが、時期が悪かった。彼女らが去ってから、病状が劇的に良くなったようにも見えてしまう。陰陽師の言うとおり、玉藻前が上皇に呪いをかけていたように思えてしまうのだ。


 病床に伏せていた上皇は、誰のおかげで完治したのかは感覚で理解していた。だからこそ彼が、いなくなった玉藻前一家の捜索隊を出すように部下に命令することは、必然であったと言える。


 そしてここで、さらに悪い材料が重なる。その命令を受けたのは、例の陰陽師だった。陰陽師は上皇の願いを早急に遂行するために動いたが、ひとつだけ、意図的に命令を捻じ曲げた。


 「捜索隊」を、「討伐隊」にしたのである。


 陰陽師はある武将に命じ、隊を編成させた。「捜索隊」には似合わないほどの軍勢を用意し、あの一家を捜索し、確実に討伐せよと。


 武将は命令のまま、まるで戦へと赴く規模の軍勢を率い、出陣した。軍師には、件の陰陽師がついている。恍惚とした表情だ。自惚れや自己承認欲求ではなく、きっと純粋に上皇のために『悪を叩く』ことがうれしいのだろう。


 彼もまた、上皇に忠誠を誓う人間なのだが、いかんせん狂信的なきらいがある。それを当の本人は気付いていない。


 さて、総大将となったこの武将。実は、玉藻前が妖狐であることを知る、数少ない人物であった。


 だからこそ、彼女一家が上皇の命を狙うことなど、考えられない。そして、上皇が彼女を『討伐』することなど、あり得ない。傍から見ているだけで、強い信頼関係を感じ取れるのだ。むしろそれを感じない陰陽師がもはやおかしい。


 捜索は困難を極めると思われたが、そこはさすが陰陽師の軍師様である。人間の信頼関係は読み取れないようだが、憎い相手の居場所を探し当てることは出来るようだ。どうやら、玉藻前は那須野に潜伏しているらしい。


 「討伐隊」は、現地へ急ぐ。


 ………


 実際、玉藻前たちは那須野に身を隠していた。ここは普段から火山性ガスが噴出しており、命を落とす旅人が多いことから、周囲の住人などは近寄らない場所であった。


 人ならざる存在に、人間に対し有毒なものは効かないのだが、夫は人間だ。玉藻前は夫に、泣きながら「ここから離れて、安全なところに身を隠してほしい」と何度も訴えたが、聞き入れられない。


「どこに逃げても、奴らはどこまでも追いかけてくるだろう。それならば、俺はここで、お前たちのそばで、せめてお前たちの壁になって死にたい。なに、心配するな。簡単には死なぬよ。それに」

 

 夫は左手で刀の柄を握りしめて言う。


「もしお前や子狐が、なにかの間違いで発狂し、人間に仇を成したときには、俺が斬ってやらねばならないからな。まぁ、そんなことは絶対にあり得ないだろうが」


 お互いに優しい笑顔を交わす。子狐はその様子を見て、嬉しく思う。父も母も仲良しで良かったな。と。


「私は、貴方と出会って、この子を産んで、幸せでした。これから、私はこの子を守るため、強い結界を張ります。一度その結界を張れば、私たちは何百年の間、ここから出られなくなるでしょう」

「ずっと守るさ」

「お慕い申しております。私の旦那様」

「知っている。必ず、また会おう。子狐もな。また、家族で過ごすんだ。きっと」


 そして、玉藻前は子狐を抱いたまま、妖力を集中させる。夫は、猛毒のガスの中、仁王立ちで見張りに立つのだった。

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