浪人と妖刀と座長の秘密

 あの騒動から、数日が過ぎた。


 浦賀を出発した黒船艦隊は、吸血鬼の言ったとおり、江戸湾をうろちょろとしたあと、日本から離れていったそうだ。


 今頃、おえらいさんたちは上を下への大騒ぎだろうが、市井の者たちには、その影響はまだ見てとれない。あれだけ暴れていた悪霊たちも一切出てこなくなり、町も人々の生活も元通り。平和そのものである。


「やっと落ち着いてきたってとこかい。しかし、海の向こうにはとんでもねぇ国があるんだなぁ」

「そうだぞ、浪人。江戸が平和だからって、その他が平和だとは限らない。剣の腕を今以上に磨いておけよ」

「へぇへぇ。だけどよ、その前に気になることがあるんだよなぁ」


 辿り着いたのは、歌舞伎座。いつもの日常である。いつもの日常であるはずだが、今日の浪人は、大きな好奇心と、軽い緊張がある。


 妖刀もそれを感じている。まぁ、こいつが何をやろうが、どうせ離れられないのだし、好き勝手やらせておこう。こんな塩梅だ。慣れたものである。


「ごめんよ、座長ぁいるかい」


 家の者によると、座長は所用があって留守にしているそうだ。その間、酒でも飲んで待っていてくれと、酒肴まで用意してくれた。相変わらず至れり尽くせりで、浪人も大喜びだが、今日はいつもより酒の進みが遅い。


 考え事をしてみたり、たまにはっとしてみたり、直後に頭を抱えて左右に振ってみたり。さすがに、妖刀が少し吹き出す。


「なんでぇ」

「いや、なんでもないが、少しは落ち着いたらどうなんだ」

「てやんでぇ。落ち着いてらぁ」


 妖刀に肩があったら、とてもひどい揺れを観測していただろう。それだけ、今日の浪人は、なんというかこう、面白い。


「座長に何を聞きたいのかはわからんが、少しは落ち着けよ」

「お前は相変わらず、意地が悪いね」

「ふふ、浪人よりも長くこの世にいる分な」


 程なくして、座長が帰ってきた。浪人は少し身体を固くする。なにをそんなに構える必要があるのか。妖刀は少し、呆れる。


「おや、浪人さんと妖刀さん。いらっしゃいませ」

「よぉ、お疲れさん。今から少し、話を聞いても大丈夫かい」

「大丈夫ですよ。なんですか改まって。なにか悪いことですか?」

「いや、そうじゃあないんだがね」

 

 少し考えた末、意を決した浪人は座長に問うた。


「神野悪五郎や山ン本五郎左衛門、果てはぬらりひょんにまで、あそこまで可愛がられている、お前は一体何者なんだ?」

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