天神謁見

 一五二八年(大永八年) 五月末 尾張国 十川廉次


「いいか自来也、これから俺は精神統一に入る。織田の殿様が来たら事前に教えたようにもてなすようにな」


「はい、お任せください」


 自来也に言い聞かせて後を任せて社の中に引き籠る、戸口に閂をしたから誰も入ってこれない。信秀がやってくるそうなので、一発鼻っ柱にカマしてやろうと思ってね。明日行くから! なんて舐めた態度なのも気に入らねぇしな!

 というわけでメイクアップタイム! まずは百均のコンパクトな置き鏡を見ながら前もって用意しておいた真っ赤なカラーコンタクトを着ける。スパイラルってタイプの虹彩に当たる部分が渦巻きになっている物を今回はチョイスした。

 続いて、ヘアチョークの金色を使用し髪色を変化させていく。髪は短いので時間はかからない。ヘアスプレーも併用して見事に染め切れたら、一度道具を片づけてしまう。

 最後は衣装だ。最近Tシャツにジーパンばっかだったからクリーニングに出しておいた白い学ランを着用する。鏡を見て確認するが、うん。素材はいいのに醤油顔で変なことになってるな。気にしない気にしない。これで準備オッケー。

 あとは考えてきた設定をおさらいしとくか……。




「織田弾正忠様、おいでにございます」


 自来也の声が聞こえる。やっと来たか。正直、ちょっとウトウトしていた。

 音をたてないように閂を抜いて、社内で正座しなおす。


「目通りを許す、開けよ」


「はっ、失礼します」


 自来也が勢いよく社の扉を開けると、晴れた空の日差しが社の内部にまで届く。いい日和だ。思わず目を瞑ってしまう。


「廉の兄御。その髪は一体……」


「下がっておれ白いの、自在天神の前であるぞ」


 ゆっくりと立ち上がり、社の外に出る。社の階段下にて何も敷かずに平伏している孫三郎と孫三郎に顔立ちが似た青年、あとデブを見下ろしながら一言。


「面を上げろ、猶予はあまりない」


 三名は頭を上げる。だが、見たこともない髪色と瞳をした俺に心底驚いたのが見て取れる。特に孫三郎は大口を開けて言葉にもならないようだ。


「我が名は天満大自在天神。我が僕、十川の者の願いにより顕現した。汝らの名は何ぞや」


 極めて尊大に、そう心がけて対応する。初対面で度肝を抜いたから混乱しているだろうし、これで押し切るって作戦よ。

 いつものとは違う、緊張した空気が社を覆っているが、まず最初に口を開いたのは信秀だった。


「はっ、尾張守護斯波家家臣、織田弾正忠信秀と申します。横に並ぶは愚弟の織田孫三郎信光と織田家重臣の大橋源左衛門重一。手前どもは音に聞く天神様の御使い様とのお目通りを願い出たのでございますが、何故に天神様がおいでなのかお聞かせ願えますか」


「知れたこと。昨日の今日で訪ねると不届きな態度をとる愚か者がおったのでな、我が僕が怒り心頭で天の国に戻ってきたのよ。

 それで、我が直々に汝らに警告を発そうと思うてのぉ」


「……警告とは一体なんでございましょう」


「あまり舐めた真似をすると貴様らの末代まで祟り殺す、忘れるな」


 俺の過激な発言に場の空気が凍る。


「天神様、あまりにそれは……」


「止めるな白いの。弱者が身内を失うのは武家がつけあがり、武を持って成り上がろうとする弊害ぞ。鎌倉はどうだ、足利はどうだ。下剋上など起こる原因は全て武家ぞ。

 民草は武を支配する者を敬うな、軽蔑しろ。人を治めるは武の力でなく智の力。それが分からぬなら棒を持った猿にすぎぬ」


 俺の言い草に自来也が口を出そうとするも、俺の超理論で封殺される。


「我が言いたいのは一つ、神を敬え。神は君臨すれども統治せず、自らより上がおれば好き勝手にしようとは思わぬのが人よ。

 ゆめゆめ忘れるな、武を持って支配したものは武を持って裏切る。人の世に必要なのは人知の輪なのだ。

 これさえ守り、統治すれば祟りなどせぬ。それだけは決して忘れるな」


「……委細承知しました」


 織田家三名と何故か自来也が平伏する。


「よい、直れ。我が降臨できる時間は少ないのでな、駆け足の説教になったのは許せ」


「いえ、目が覚めるようなお言葉でした。是非とも家訓にさせていただきたいと思います」


 え、やめてよ恥ずかしいじゃん。


「『武を持って支配したものは武を持って裏切る。人の世に必要なのは人知の輪』ですな、いや素晴らしいお言葉です」


 微笑みデブの大橋さんもニコニコと笑いながらなんども首肯する。

 いかん、効きすぎた。この時代の人って信心深いんだったわ。

 とりあえず、この空気を換えなくては。


「残りの時も僅かだが、聞きたいことはあるか? 差し障りなければ答えることもやぶさかではない」


 俺が質問タイムを設けると、孫三郎が間髪入れずに尋ねてきた。


「あの、十川様はどうなされたのでしょうか。天神様のご尊顔があまりに十川様と似通っておりますので、もしや肉体を……」


「うむ、一時的に十川の身体に降臨し、汝らと会話しておる。髪と瞳の色が変質しているのは受け皿として不十分で少しばかり神気が漏れ出しているせいだな。

 安心せよ。我が天に帰れば十川も元に戻る。心配はいらぬことよ」


 俺の言葉にそうですか、と胸を下す孫三郎と自来也。なんだ、意外とかわいいところあるじゃん。

 他にあるかと話を振ると今度は大橋さんが挙手した。


「天神様が降臨なされるのに何か制限というものがございますので?」


「ない。だが我が降りてくれば流れが歪み、地に災いが起こる。故に軽率に降りぬ。

 名代として十川を寄こしたのもそれが主な理由よ。こやつは学問も修めておる、もし難題が降りかかったときには頼るがよい。それでもダメならば我が再び降臨しよう」


「なるほど。お答えいただきありがとうございます。お礼の貢物は何をお納めすればよろしいでしょうか? 御過分な配慮をしていただき、お返ししないのは末代までの恥でございます」


 お、これはもしや。おねだりチャンス!?

 尊大におねだりするんだ俺!


「では、黄金と刀を出来うる限り奉納せよ。刀は人の手に馴染んだものがよい。

 十川に渡せば我に届く。無理に集めずとも小分けでもよいぞ」


「はっ。それでは出来うる限り早急に集めます」


「よい。そろそろ刻限じゃ、励めよ信秀。織田の先を祝福してやるでな」


 締めのセリフを言い切って、社の中に戻る。自来也が空気を読んで扉を閉めてくれた。

 そこで一度現代に戻る、緊張の連続で耐えらんないよ。


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