第11話   二人を馬車に乗せて、父上に会ってもらおう

 暴れるお爺さんと同じ馬車に乗るだなんて、とてもじゃないけどできないよ! 申し訳ないけど、簀巻きにして馬車のトランクに入ってもらってるよ。過酷な長旅を超えたお年寄りに、こんなことしたくないんだけど、今ベルジェイが身重じゃないことを暴露するわけにはいかないんだよなぁ。


 というわけで、今この馬車の席に座ってるのは、僕とベルジェイと、それからイノセント君だよ。とっても物静かな子でね、でも僕らをじっとりと観察してる蛇みたいな黒目が、ちょっとだけ不気味に見える……。


「ボクと祖父を、お城に向かわせてくれて感謝します、クリストファー第二王子。優しいんだね」


「あー、うん……それにしても、君たちも無茶するよね。あんな恐ろしい海を、よく渡ろうと決心したよ。今日と昨日がたまたま晴れてたから良かったものの、普段はベテランの漁師さんたちだって、あの島より外側には滅多に向かわないんだ。君の乗ってる船が沈没したら、どうするつもりだったの?」


「沈没なんてしないよ」


 ……え? いやいや、するんだってば!


「あのね! 隣国の王様まで僕たちに押し付けてくるほどの厄介な海なんだよ!? 魚だって溢れるほど獲れるわけじゃないし、異国の船も呼べないから貿易にも使えないし! そのくせ、でかい流木や石がどさどさ流れ着いてきて、掃除も大変だし」


「ふぅん、まだ苦労してるんだ。あの海の潮の流れと、悪天候の恩恵で、キミらの国は守られているんだね」


「え……まあ、そんな一面もあるかな。隣国から魚のノルマを課せられてるけどね! 本当に漁師さんたちには負担を掛けてしまってるよ」


 おっと、話が脱線しちゃった。でもさっきのイノセント君の話、ちょっと気になる箇所があったんだよな。どうして自信満々に、水没しない、なんて言ったんだろう。あの島の向こうにはね、いつもぐるぐる回ってる渦潮が六個もあるんだよ。それを乗り越えて異国の民が、本当に前代未聞だよ! 歴史の教科書に載せてもいいかも。


「あのさイノセント君、君は頭が良さそうに見えるんだけど、本当に無茶なことしたよね。荒波に飲まれた時とか、怖くなかったの?」


「お祖父ちゃんが何かしでかさないかって、そっちの方が不安だったけど、海は怖くなかった」


「どうして? 抜け道とかあるの?」


 純粋に気になって質問したんだけど、


「クリス、それ以上は聞いてはいけません」


「え?」


 なぜかベルジェイに止められちゃった。


 そして遅ればせながら僕も、気付いちゃったよ、まだこの国には海を超える技術がないってことが、イノセント君にバレちゃった!


「ふーん……このファンデル国は、海を攻略できる目途すら立ってないんだね。王子様が本気で何度も聞きたがるんだから、相当まいってるんだ」


 あーあ、僕のバカ。知られちゃったからには、開き直るしかないよね。


「イノセント君は、攻略方法を知ってるんだね」


「知ってるよ。だから怖くなかったし、その気になればいつだって、あの海を超えて往復できるよ」


「すごいよ、それ! ぜひ教えて欲しいな!」


 僕は席から前のめりになって、イノセント君に顔を近づけた。


「教えてくれなかったら、父上には会わせないよ。君の身柄も拘束するし、お爺さんにも敬意は払わない」


 イノセント君はフンと鼻を鳴らして、ニヤリと口角を上げた。


「なんだ、しっかりしてないように見えて、ちゃんと交渉できるんじゃないか。安心したよ」


「一応、この国の王子様だからね。この国が良くなるなら、交渉には応じるよ」


 実際あの海には困り果ててるからね、渦潮を越えて遠くまで行けたり、天候に左右されずに船を操って、たくさんの魚群を追えるのなら、漁師さんの負担も減るよね。船が壊れる確率も下がるしさ。


「それじゃあクリス王子、僕とお祖父ちゃんの身の安全を保証してくれるなら、丁寧に教えてあげるよ、海の攻略の仕方」


「助かるよ、ありがとう。でもお城では絶対に暴れないでね、さすがに庇いきれないから。僕には、何でも許されちゃう兄上のような権限はないんだ」


 イノセントくんは頷いてくれた。本当に暴れなきゃいいけどね……。そして約束通りに、海の攻略法を記したというノートを、お腹の辺りの服の下から取り出した。パラパラとページをめくって見せてくれたんだけど、なんだこれ? すごく複雑な数式が幾つも、しかもびっしり書かれてるんだ。ちょっと気持ち悪く見えるくらい。こんなの、僕の頭じゃ計算し尽くせないよ〜。


「なぁにこれ? イノセント君の数学の宿題?」


「これはね、伝説級に有能だった初代の王様、キング・ベルジェイが編み出した、あの海の方程式だよ」


「海の方程式? しかも、うちの領海の?」


「昔よりも気温が上がったから、少し計算方法は変えなきゃいけないけど、それでも現代まで通用するよ。ボクはこの式を使って、安全な航路を当てて、船長に指示して海を渡ったんだ」


「え? うちの漁村の船長もグルだったの!? スパイってこと!?」


「違うよ。ボクたちをキミの国の近くまで運んだ船長と船は別にいて、頃合いを見計らって、ボクとお祖父ちゃんを箱に入れて海に流してくれたの。で、好奇心旺盛なキミの国の漁師さんが、拾ってくれたってだけ」


「ねえ! 後半は運だよね!? 拾ってもらえなかったら、どうするつもりだったの!?」


「拾うよ。だって僕らが入ってた箱は、大きな宝箱の形をしてたから。海に浮いてる宝箱なんて、拾うに決まってるでしょ」


 拾うなよ〜!! 怪しすぎるよ〜!!


「宝箱の蓋を開けたら、君たちが見つかっちゃうじゃないか。どうやってやり過ごしたのぉ!?」


「宝箱は二重底になってたんだよ。ボクとお祖父ちゃんが隠れてたのは、一番下の底。宝箱は空っぽだったから、漁師さんたちは船が狭くなるからって、また海に投げ捨てちゃったんだけど、その頃にはボクとお祖父ちゃんは、船底に並んでた空っぽの樽の中に隠れてたんだ」


 やっぱり命懸けじゃないか~! 余裕っぽく話してるけどさ〜、ほとんど運任せじゃないか。


「もう、ほんっとに無茶するねぇ。船の上で漁師さんたちに見つからなくて良かったね」


「見つかっても、特に心配はしてなかったな」


「え?」


「戦って、全員を船から落としちゃえばいい。そうすれば船が乗っ取れるし。本当にいざとなったら、ボクはそうするつもりだったよ」


 えええ〜? 最後は暴力なの? それじゃあ、考えなしに無茶な渡航を思いついたわけじゃなかったんだ。すごく小柄な男の子だけど、しっかりと護身術を習ってるんだね。


 僕も最低限の剣術は習ってるんだけど、どこかの大会に出るほどじゃないんだよなぁ……そもそも王族はエントリーできないんだって。そりゃそうだよね、王族の僕の顔に傷が付いちゃったら、僕が気にしないって言っても、周りの大人が騒いで大変だもんね……。


 なんだか、かなりの危険人物をお城まで運んでる気がしてきた……でも僕一人で決断できるほど小さな事件じゃないからなぁ。ハァ、海から国際問題の塊みたいな二人が漂着しちゃったよ。なんで気分転換に海に来ちゃったんだろ。僕は無意識に、がんばってる漁師さん達に会いたかったのかも。ここの人達は、あったかいからね。


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僕が本命じゃないくせに、ヤンデレ性悪令嬢が離してくれません【10000PV感謝〜!】 小花ソルト(一話四千字内を標準に執筆中) @kohana-sugar

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