2-9 試験の行方

 いよいよ初級認定試験の日がやってきた。


 今日は午前中だけでなく丸一日使って4教科すべての試験が行われる。

 期末の試験は必要コマ数を終えていれば、8月の試験期間中に何回か受ける事が出来る。一度試験で不合格となったとしても、最大3回までは補講を受けて再度試験に臨むことは可能だ。

 だけど、この初級認定試験は再試験なんてものはなく、所定の知識の有無を判定するだけなので一発勝負。


 学術院側としても、知識を持っている生徒にはどんどん先に進んでもらわないと教室の空きが物理的に足りなくなってしまうし、生徒側も知っていることを強制的に学び直すというのはモチベーション低下の原因にもなる。


 などと、最もらしい口調でマチカさんが言っていたけど、今はそんなことはどうでもいい。とにかく試験に集中、名前の書き忘れとかポカはしないように頑張るぞ。


 試験に持ち込めるのは、筆記用具と学生証だけ。机の右上のスリットに学生証を差し込み、その手前に筆記用具入れから取り出した数本の鉛筆と消しゴムを置く。

 机の右上部分に仕込まれた魔力の読み取り装置と、椅子の読み取り装置で本人の確認を行う。身代わりで試験を受けるのは不可能だ。


 前方の席の方では、試験前の確認に来た試験監督に筆入れは出さないように注意を受けていた生徒がいた。かなり慌てている様子だ。


「うん、平常心。平常心。」


 問題の冊子が配られて、試験監督の指示で冊子のページ数を確認する。枚数にして11枚、20ページ。さすがに抜け落ちは無いよね。


 表を見えないように伏せた状態で、解答用紙を試験監督自ら配って回る。

 教室の黒板前に戻った試験監督は、時間計測の魔道具を手に取り

「始め!」

 と大きな声で告げると、魔道具を起動させた。


 僕はその声と同時に解答用紙をひっくり返して表にすると、最初に名前と学生証に印刷されている番号を記入していく。


 問題は全部で100問。

 解答方法は、問題用紙にかかれている選択肢の中から回答を選び、解答用紙の番号を塗り潰していく方式だ。

 20年以上前にこの方式が発明されるまでは、解答欄に手書きされた番号を一つ一つ確認して点数をつけていたという。

 この方式になったおかげで、負担の減った講師や教授たちの実施する『試験の回数や試験問題の数が増えた』と、学術院内ではまことしやかに囁かれている。



 今朝、寮から教室棟へ向かう前に、マチカ先輩から言われた注意点が三つあった。

『問題を読むときには、「誤っているものを選べ」と「正しいものを選べ」に印をつけておく』

『一度、問題用紙の方で解答の番号に印をつけておく』

『問題用紙の1ページごとに、問題番号を確認しながら解答用紙に記入していく』

 試験時間の中盤までは順調に進んでいたので時間的には見直す余裕があるはずだった。


 だけど、僕は三つ目の注意をすっかり忘れていた。

 試験も終盤に差し掛かるあたりで、問題用紙の番号と解答用紙の番号がずれていることに気が付いた。


「まずい!どこかの解答を飛ばしちゃった!!」


 慌てて問題の冊子をひっくり返しながら、つけた印の番号と回答用紙の塗りつぶしている番号を確認し直す。


 どこだ! どこだ!!


 問題の冊子を確認する僕の手が震えてくる。


 ようやく見つけた所は、全問題の半分を過ぎたあたり。何回か同じ選択肢の番号が続く場所だった。

 そこから問題用紙につけた印を確認しながらひたすら解答用紙に消しゴムをかけて書き直していく。

 やっと書き直しが終わった丁度その時。


「残り15分!」


 試験監督の無情な言葉が教室内に響く。


 あ…あと20問も残っている… 

 そこからは余裕もへったくれも無い。焦りながら必死で問題を読んで解答を記入していく。


 ジリリリリリリ!!


 魔道具から大きな音が聞こえてきた。


「そこまで! 筆記用具を置きなさい。

 私が解答用紙を回収し終わるまで、この場に居てください。」


 なんとか時間内に解答記入を終えた僕は放心状態。もちろん見返しているなんて余裕なんて一切なかった。


 結局その失敗が尾を引いて次の社会学の試験にまで影響を与える事になった。それでも何とか社会学は時間内に一度見返して回答を確認する事が出来た。


 だけど一歩教室を出た時に、何カ所か迷った設問の解答を間違えていたことに気が付いた。落ち着いていれば正解できた設問だったな。

 

 お昼になり、寮の皆さんと待ち合わせしていた中庭のテラス席にたどり着く頃には、既に僕は疲れ切っていた。


「ハルト、だいぶ顔色が悪いな。

 それで、午前中の認定試験はどんな手応えなんだ?」


 席に座るなりエモリさんが聞いてきた。


「はい… マチカさんに聞いていたのに、やらかしました。」


「あー… アレをやっちゃったんだね。その様子だと気が付いたのがギリギリ?」


 マチカさんは、すぐに僕がどんな状況になったか思い浮かんだようだ。


「あー… アレかぁ。僕とおんなじミスをしたんですね。

 見直しの時間も使い切っちゃたのか。」


 マヨーリさんも同じミスをしたことが有るみたいだ。


「はい。せっかく注意点を教えてもらったのに。

 とりあえず全部直して、回答は埋めたんですけど。次の社会学にもその気持ちを引き摺っちゃって…。」


 アヤがお箸をおいて、心配そうな目で僕を見つめてくる。

 そんな目で見られたら…

 カエデさんはいつもより大きめのお弁当を無心で食べている。

 …カエデさん、そんなにいっぱい食べたら、試験中に眠くなっちゃうと思うんですけど…


「まぁ、一通り解答を埋めたならなんとかなるんじゃないか?

 午後の試験はがんばれ。ハルトなら語学と数学は問題ないだろう。」


 エモリさんの発した、数学というワードにカエデさんのお箸が一瞬止まる。

 すぐに何事もなかったかのように、お弁当を完食したけどね。


 午後の認定試験は語学から始まった。

 語学の試験も問題は全部で100問。

 お昼休みに寮の皆さんに話を聞いてもらい、ある程度吹っ切れたので順調に試験は終了。時間配分にも余裕があったのでしっかりと見直しも出来た。


 次の数学は問題こそ50問しかないが、選択肢にたどり着くには問題の冊子の空白部分に計算を書いて答えを導き出さなければならない。数学公式を思い出すのに手間取った所もあったけどこちらも問題ない。再計算して間違いも発見できたし。


 明日は休みだけど、午前中に教室棟の掲示板に得点と合否が張り出されることになっている、それによって週明けから受ける講義が決まる。


 全員で寮に揃って帰ると思っていたのだが、数学の試験が終わった後にアヤと一緒にいたカエデさんの姿が見えなくなっていた。


「本当に、どこに行ったんだか?」


「ここで待っていても仕方ありませんから、寮に帰りましょう。

 アヤ様、よろしいですね。」


「トイレにでも行ったのでしょうか? 仕方ありませんね、帰りましょうか。」


「一刻も早くキナコとダイフクに会おうと、寮に先に帰ってるかもしれないしな。」


「「「ありえそう。」」」


 だけど、寮に戻ってもカエデさんの姿はそこには無かった。


--------------


 長い会議を終えて、ようやく魔導学部の学部長室に戻ってきたショザーン。


「全く、学術院をなんだと思っておるのだ。」


 夕暮れ時、暗い室内で彼の帰りを待っていた者がいた。


「お久しぶりです。ショザーン学部長。」


「お前が現れると、ろくなことが起きん。

 それで、今回は何だ…?」


「今日の会議に関わる事です。皇王からの書簡をお渡しします。」


 書簡を受け取り、内容を確認する。


「…面倒なことを… やはり碌でもない…。」


 ショザーンの声を聞くことなく、すでにそのものは姿と消していた。

 

 ショザーンは大きなため息をついて、つい先ほどまで一緒に会議に出席していた学部の教務課職員を呼び出した。

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