トルカ教団のアジトにて②

 ——(レファス視点)——


「レ、レファス様!! おやめ下さい!」


「レファス様! このままではこの国が、下界が無くなってしまいます!」


 使徒たちが、この国に被害が及ばないよう、周囲に結界を張り巡らせながら叫んでいる。


 そんな彼らの声が聞こえていないわけではない。


 だが、糸口の見えなかったこの現状に、唯一現れたこの小さな変化を、僕は見逃すことができなかった。


「あと少し! あと少しなんだ!!」


 そう叫びながら、力を振るった。

 ただ愚直に、ただひたすらに、一点だけに狙いを定めて……


 (ほんの少しで良いんだ! 体を捩じ込むことができる程度の隙間でいい!)


 そう念じながら、さらに力を込める。

 衝撃波が地面を抉り、周囲の森の木々を薙ぎ払っていく。


「くっ!! 結界を攻撃ポイント周辺に集中展開させろ!」


 フィオナが、本来なら僕がやらなければならない陣頭指揮を取り、使徒たちに指示を飛ばしている。


 なら、ここはフィオナに任せて大丈夫だろう。


 興奮し切った頭の片隅に、ほんの僅かに残った冷静な部分でそう判断した。


 とにかく、もう、後悔はしたくなかった。


 あの時…… 娘が連れ去られた時、迷わずギラファスに一撃を与えていれば、娘も妻も失うことはなかったはずだ。


 ギラファスに対して攻撃しなかった過去の自分を、どれほど攻めたことだろうか……

 もう二度と間違わないと誓いを立て、僕は王政を廃止した。


 あれから、随分と時が過ぎた。


 その間、娘はスクスクと成長を続け、もうすぐ妻の背丈に追いつくほどに大きくなった。


 だが、僕は娘に対して、きちんと向き合うことができないでいた。


 娘は、部下たちが『心臓』として宿り続けることにより命を繋いでいる。

 当然、そこには、僕に対して部下のように話す娘の姿があるだけだ。


 そんな中身のない娘の姿は、ただいたずらに生かされているだけのように見えて、罪悪感さえ覚える時もあった。


 現実から目を逸らし続ける僕のことを、みんなは冷たい人間だと思うだろうか……


 そんな、虚しい日々を送っていた僕の前に『あの子』が現れた。


 初めは『ギラファスに対する有力な手がかり』として、天界へ招いた覚醒者の一人としか思っていなかった。


 しかし『あの子』と面会し、秘められた意外性や実力の高さを目の当たりにして驚いたのは勿論、会話を重ねたことで僕の胸の中には何とも形容し難い感情が広がった。


 それは『あの子』の成長をずっと間近で見守ってみたいといった保護者のような……そんな感情が僕の中に湧き上がってきた。


 『あの子』に『心臓』として娘の中に宿ってもらえたなら、 初めて魂の宿った娘と会えるような……そんな気さえしていた。


 それなのに、またしてもギラファスによって今度は『あの子』が攫われた。


 (今度こそ間違わない……必ず取り返す……取り返す……)


 呪文のようにその言葉を繰り返しながら、僕は渾身の力を込めて館を覆う結界幕にスキルを叩きつけ続けた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



——『使徒ではなく……レファス様が結界に攻撃を加えているのだ』——


 ギラファスから、そう聞いた直後の事だった。


「ぐっ!?」

「うわぁっ!?」

(キャアァッ!?)


 爆発音と共に、凄まじい衝撃波が、館全体に襲いかかった。


 館に保護魔法がかかっていなければ、半壊していてもおかしくないほどの衝撃に見舞われ、少なくはない窓ガラスが、爆ぜるように一斉に割れた。


 一瞬にして、ガラスまみれになった室内の惨憺さんたんたる有り様に、しばし茫然としてしまった。


 突然のことでビックリしたけど、これは……間違いない。

 この衝撃は、結界に影響が出たことによるものだ。


 それにしても、すごい威力だ。

 レファスが攻撃しているって言うのは本当らしい。


「……っ!! み、みんな、大丈夫!?」


 ハッとして、アルとギラファスに声をかけた。


「大……丈夫よ、それより、本当に、レファス……なの? レファスが下界に……?」


 口籠もりがちに、レファスのことに触れたアルからは、喜びと悲しみと安心と不安がゴチャ混ぜになったような、とても複雑な感情が伝わってくる。


 ええぇ……アルは今、一体どういう心境なの?

 ボクは単純だから、この気持ちが何を思ってのものなのかよく分からないよ……


 アルは「ううん、何でも無いの……」と、呟いたっきり、すっかり黙り込んでしまった。


 一方、ギラファスは難しい顔をしながら「想定より若干早い……」と、一言呟き、サッと部屋を飛び出して行く。


 散乱するガラス片を物ともせず、それをバリバリと踏み締めながら窓際まで走り寄って、そこから空を見上げたギラファスが、うめくような声を出した。


「くっ、結界が……」


 そして、すぐに腕を振って館のコントロールパネルを呼び出すと、素早く何かを入力し始めた。


「離脱を少し早める……このままでは、世界の崩壊に巻き込まれかねん」

「ええっ!? 」


 ボクも慌てて窓際へ駆け寄ると、ギラファスの隣に立って空を見上げた。


 さっきまで、初夏の爽やかな青空が広がっていたはずなのに、そこには世界の終末期を思わせるような、赤黒いマーブル模様が広がっている。


 ボクは、この空の模様を、過去に一度だけ見たことがあった。


 その、過去の記憶と妙に合致する今のシチュエーション……

 とても、嫌な予感がする……


「ちょっと待って!? もっ、もしかして、この結界って、時空軸に絡めて造られているんじゃ!?」

「……ある程度の知識はあるようだな。なら、この結界のデメリットについても知っているだろう?」


 コントロールパネルから視線を外すことなく、ボクの質問に肯定と取れる返答をしたギラファスは、ボクがこの結界のデメリットについて知っている体で話を振ってきた。

 まあ、知ってはいるけど……


 時空軸を利用したこの結界は、耐久性を上回る衝撃を受けると、時空が歪んで亜空間が開いてしまう危険性があるんだ。


 ギラファスが言うデメリットはコレ。


 そして、今、ボクの目の前の空には、そのデメリットの兆候がバッチリと浮き出ていて……


「大変だっ! 早く修復しないと!!」

「っ!? 待てっ!」


 ボクはギラファスが呼び止めるのも聞かず、窓枠だけになってしまった三階の窓に足をかけると、そこから勢いよく外へ飛び出した。

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