降臨 仕事先(下界)で、大変な騒ぎになりました③

 ——(ヴァリター視点)——


 あの時から、俺の心は死んでいた。

 王女を俺に託し、安心したように事切れてしまった『あの人』と共に……


 確かに、俺の心は死んでいたんだ……『あの人』が祭壇の上空に現れるまでは。


 信じられなかったが、俺には一目で分かった。祭壇上空に現れた天の使いが『あの人』であるということに。


 その根拠は姿形などではない。魂の輝きが『あの人』と同じだったからだ。


 同時に、怒りに似た感情が俺の中で暴れ回る。


 なぜ、一人で行ってしまったのか!

 なぜ、相談してくれなかったのか!

 知っていれば……知っていれば、俺は貴方を全力で止めていた。


 (あの人は、騎士団長という団員たちを導く立場にありながら、いつも奥床しい雰囲気を漂わせた控えめな人だった……)


 そう思いながら、俺は祭壇上空の、煌めきに包まれた『あの人だった』人物を見つめた。


 『あの人だった』人物は、前世同様、その魂の輝きそのままの美しい姿をしている。


 しかし、控えめとは真逆の艶やかささえ感じるその姿に、やはり変わってしまったのかと、……別人になってしまったのかと落胆した。


 『俺の知るあの人ではない』という事実に憤りを感じ、思わず『あの人だった』人物に鋭い視線を向けた。


 すると、フワリとした視線を民衆に投げかけていた『天使となったあの人』と目が合った。


 その視線には、何故か強い哀愁が漂っていた。


 どれほど目が合っていたのだろう。『あの人』に不意に視線を逸らされて、俺はハッとした。


 何故この群衆の中、俺にだけ視線を……?


 (まさか、とは思うが……俺のことを覚えて……いる……のか?)


 その可能性に戸惑う俺をよそに、祭壇前に降り立った『あの人』が少し躊躇ってから棺の小窓を開けた。


 僅かに体を震わせると、青い顔をしながらも礼法通りに祈りを捧げ、国王、参列者へと礼をして、静かに退出口へと向かう。


 歩き去るその姿は、自分が知らない神秘的な空気を醸し出している……


「……ぉ、……お待ちください!」


 国王の声に、『あの人』がその歩みを止めた。


 ゆっくりと、ミステリアスな空気感を漂わせながら振り返った『あの人』は、やはり俺の知らない神々しい上位者の空気を纏っている。


 (やはり別人……気のせいだった……のか……?)


「貴方様は、この、ガッロル・シューハウザーを蘇らせるために降臨されたのではないのですか?」


 国王が、期待に満ちた声音で問いかけている。


 残念だが、それは無理だ。『あの人』の魂は、既に目の前の人物となってしまっている。


 だが、俺のように『魂の輝きを見分ける』ことの出来ない人々に、が分かるはずもない。


「………………ご、……」


 微かに聞こえてきた声も別人のもの……やはり、『あの人』は永遠に失われてしまったのだ。


 期待が大きければ失望もまた、それに伴う。もう、やめよう……


「?……ご?」

「……ご、ゴメンなさい!!」


 突然、『あの人』が、ビシッと両手を体の脇につけ、風が巻き起こりそうな勢いで腰を直角に曲げて頭を下げた。


 こ、これはっ!?


 今まで、『あの人』から漂っていた神秘的な気配や空気感が一気に消え去った。

 代わりにこの場を包み込むのは、俺のよく知る清楚で奥床しいものだ。


 それに、あの体のキレ、体の角度、手の位置に至るまで見覚えのあるあれは、……あれは!


 (第三騎士団名物! 団長の平謝り!!)


 間違いない!! あの人はガッロル・シューハウザー本人だ!!


 じっとしてなどいられなくて、俺は勢いよく立ち上がると、頭を下げ続けている団長の元へと駆け出した。


 他にも、第三騎士団の何人かは天使の正体に気付いたようだが、今ひとつ決め手に欠けているようで動けずにいる。


「シューハウザー様!!」


 走り寄りながら叫ぶと、あの人は体をビクつかせて顔を上げた。


「っ!? ヴ、ヴァリター……」


 天使が、俺の名を弱々しく呟いた。


 もう、間違いない!

 『あの人』だ! 俺の大切な『あの人』自身だ!


 こんな思いは二度と御免だ!

 今度は……今度こそは失うわけにはいかない。


 それが、あの人の意に沿わない事だとしても……

 俺はもう、遠慮などしない。

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