☆王宮から『例のあの人』がやって来ました④

 (あれ? そういえば……)


 すっかり忘れていたけど、ボクは『自白』と『洗脳』のスキルをかけられそうになっていたはずだ。

 それが、綺麗さっぱりと無くなっている。


 (えっ!? 一体どうして? ……あっ!)


 何が起きたのかと考えを巡らせ始めた瞬間、ボクはスキルを無効にできる方法(能力)があったことを思い出した。


 ——『状態異常無効』——


 スキル……といえばスキルなんだけど、これは『体質』に近いスキルで、たしか、他者にその能力を適応させようと思えば、対象者と密着する必要があったはずだ。


 そういった理由で汎用性に欠けることもあり、その方法は一般的にあまり知られていない。

 ボクも忘れていたしね……


 (でも、そっか……。だからヴァリターは……)


 ヴァリターの『抱きしめ』にはきちんとした理由があった。

 そのことに『なるほど』と納得する一方、落胆したような気持ちになっている自分もいて……、自分の気持ちがよく分からない。


「ヴァリターよ、邪魔立てするつもりか?」


 ヴァリターによって『自白』も『洗脳』も阻止されてしまった宰相が、鋭い視線をヴァリターに向けながら、怒気を孕んだ低い声音で問いかけた。


「これ以上、この人を苦しめないでいただきたい!」


 しかしヴァリターは怯むことなく、逆に宰相を鋭い視線で睨み返すと、ボクのことを背中に庇いながら強い口調で言い返した。


 宰相は、ヴァリターのその行動を見て少し意外そうに目を見張ったが、すぐその顔を無表情なものに戻すと……


「……何も、命を奪おうとしているわけではない」


 ……と、平坦な声で告げた。


 しかし、宰相のその言葉を聞いた瞬間、いつも冷静なヴァリターが、感情を剥き出しにして怒鳴るような声で言い返した。


「一度、奪ってしまわれたではないですかっ!!」


 いつもと違うヴァリターのその様子にも驚いたが、ボクが何よりも驚いたのは、その言葉の内容だった。


 (!? い、一度……奪った……? それは、つまり……ボクは……)


「そ、それって……」


 その真偽を確かめたいのに、衝撃的な発言に気が動転してしまって、上手く次の言葉を発することができない。

 言葉に詰まっている間にも、ボクを置き去りにして宰相とヴァリターの口論は続いた……


「あれは我輩の指示ではない、暴走したのしでかしたことだ」


 宰相は、自身の胸元に手を当てながら、冷然とした態度でそう話した。

 そんな宰相に、ヴァリターが……


「それでも、あなたが制御しなければいけないはずだ!」


 ……と、食ってかかるように詰め寄った。


 強い口調でそう糾弾するヴァリターに対して、宰相は自身の体を見せつけるように広げてみせると……


「この状態では、それが不可能であることぐらい分かるであろう?」


 ……と、意味深な言葉を発した。


「そ、それはっ……」


 宰相のその言葉に、ヴァリターはグッと言葉を詰まらせた。

 ヴァリターが言い淀んでしまったその隙を見逃さなかった宰相は、まるで止めを刺すかのように……


「封印が解けない限りの暴走を止められん。そのこともあるからこそ、我輩はあの者を探しているのだ!」


 ……と、言い放った。


 やはり、二人の間には何らかの繋がりがあるみたいで、ボクにはよく分からない二人だけの会話がずっと繰り広げられている。

 会話の端々から、いろいろと推測することはできるんだけど、ハッキリしたことは分からない。


「ちょ、ちょっと待って! 宰相、あなたは一体何者なの? さっきから自分のことを自分じゃないみたいに言っているけど! それに『暴走』なんて物騒なことも言ってたよね? あと『封印』って? そもそも、どうして姫さまを生贄にしようとしているの?」


 ボクは、会話が途切れた一瞬を狙ってヴァリターたちの話に割り込むと、遮られることがないように一息に言い切った。


 さっきから、宰相が自分に対してなんて言っているのも気になっていたし、制御がどうとか封印とか暴走なんてきな臭い単語まで出てきて……


 何の話をしているのかも分からない状態だから、本当はもっと詳しく説明してもらいたいところだけれど、とりあえず気になったことをザッとまとめて疑問をぶつけてみた。


 宰相は煩わしそうに顔を顰めると……


「我輩は、生贄など必要としていない。あれは暴走したの単独行動だ。それに我輩の正体なぞ知ってどうする? お前が我輩の封印を解いてくれるとでもいうのか?」


 ……と、相変わらず『自分』のことを『自分ではない』ような言い方をしながら、ぞんざいな感じで答えると、ボクに冷たい視線を向けた。


 カタ……カタ、カタカタカタ……


「ゔっ!?」

 (か、体が……勝手に震えている……?)


 やけに近くから聞こえるその音の出所が、自分の震える体であることに気がついて、驚きのあまり思わず声を漏らしてしまった。


 (宰相のこの雰囲気……やっぱり、ボクはコレを知っているような気がする。過去に、ボクはこんな視線を向けられたことは無かっただろうか……)


 そう考えたボクは、先ほど過去の記憶を掘り起こそうとした時と同じように、精神を集中させ始めた。


 けれど、先ほどとは違い、まるで思い出すのを拒絶しているかのように訳の分からない恐怖心が湧いてきて、体の震えがますます酷くなってしまい、とても先の場面まで記憶を掘り下げることはできなかった。


「ガッロル様に八つ当たりするのは、やめていただきたい!」


 ヴァリターが宰相に向かって語気を強めてそう言うと、体の震えを抑えようと体を硬くしていたボクの肩をサッと抱き寄せた。

 人肌の安心感なのか、体の震えは治ったけど、今度は……顔が熱い!


 宰相は、舌打ちをしながら面倒臭そうに話し出した。


「我輩は『我輩の封印』を解くために、ある魂の持ち主を探しておる。それが、この国の王女である可能性が高いのだ。だというのに、あの『謎のスキル』が邪魔をして、その確認ができん。そこで、あのスキルを解除させるためにお前に近づいたのだ。どうだ? 事情を知ったとしても、お前が我輩に協力などすまい? それが分かっていたから、このように面倒臭いことをしたというのに、このバカ息子のせいで台無しだ」


 宰相が、チラリとヴァリターに目をやりながら愚痴をこぼした。

 いろいろとツッコミどころ満載の話だけど……


「ヴァリターが……息子?」


 最後の『息子』というワードの印象が強すぎて、それ以外の情報が頭に入ってこない……。


「私は、あなたのことを父親だなんて思ったことはない」

「お前がこれほどまでに口答えするとはな。……そんなに、その者のことが気に入っておるのか?」


 宰相が相変わらず淡々とした口調で、なんとも答えにくいことを聞いてきた。


「……あなたの近くにいると、何時あの『狂人』が現れるか分からない。だからこれ以上、我々に関わらないでもらいたい」


 ヴァリターは、宰相の問いには答えずナチュラルに話題を変えた。


 確かに、あんなことを深く聞かれても困ってしまうよね。

 それにしても……『狂人』? またしても物騒な単語が……


 何だか、イヤな予感がするのは気のせいだろうか。


のことなら心配は……ん……?」


 今まで、淡々とした表情で動じることなく余裕すら感じさせていた宰相が、僅かにその顔を歪ませた。


 そして黙り込むと、深く考え込むように眉間に皺を寄せた。


「まさか、……制御に失敗した、などとは……」


 その様子に何かを感じ取ったヴァリターが、焦ったように宰相に問いかけた。


「ちっ、あと半日は眠ったままだと思っていたが……どうやら、少々スキルを使いすぎてしまったようだ。抑えが効かなくなってしまった。ヴァリター、後のことは良きに計らえ」


 慌てるヴァリターとは違い、どこか諦めたような空気を醸し出し始めた宰相が、何かの後始末をヴァリターに託した。


「冗談じゃない! あんな話の通じない狂人をどうしろと!?」


 ヴァリターのその動揺具合から、どうやら一筋縄ではいかない人物であることは想像に難くない。


 ええっと? そんな人が今からやって来る……ってことかな?

 ……とんでもない面倒事がこれから起こりそうな予感がする。


「ふん、しっかりせぬとお前の大事にしている隣のそやつが、また、霊界送りになってしまうぞ?」


 宰相はそう言うと、スッと目を閉じて表情を消してしまった。


 一拍の後、宰相は再び目を開けた……のだが、そこには、まるで別人のように印象が変わってしまっている宰相の姿があった。

 

 姿形はまったく同じだが、その人物は先程までと違い、その瞳に狂人じみた光を宿らせていた。

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