放課後、高校の閑静な図書室。

　テーブルを挟んで座り、僕はいつものように彼女と向かい合っていた。

「勉強が苦手な子のための勉強会は、逆に足を引っ張っていると思うの」

　開いた文庫本に目を落としつつ、淡々とした口調で語りかけてくる。

「いくら優秀な人が混じっていても、誘惑が多すぎるのよ」

「え、誘惑ってなに」

「好きな人がいると集中できないでしょ」

「いる前提なんだ」

「そうよ。勉強会なんてラブコメくらいでしか見ないんだから」

　フンと鼻を鳴らし、彼女は妄想を並べた。

「しかも、好きな相手か自分の部屋なのよ」

「ロケ地が決まってるんだね」

「学校と違う一面にドキっとして、勉強なんて手につくわけないじゃない」

　そのくせテストはなんだかんだで赤点回避なのよ、と誰に向けたでもなくそっけない。

　苦境を一緒に乗り越えてこそ強い絆が生まれる。と僕は思うのだけど。

　相変わらず、お約束にきびしい杜若（かきつばた）さん。

　艶やかな長い黒髪。凛とした切れ長の目に、すっと伸びた鼻筋。白磁の肌。

　文庫本の奥にのぞく利発そうな容貌は、清楚な文学少女の雰囲気を醸している。

　しっかりと首元でリボンをとめ、深窓の令嬢然とした彼女は、

「そういえば、杜若さんって数学がすごく苦手だったよね？」

「ええ。昔から病気がちで、ほとんど授業に出られなかったもの。近ごろもまた、調子が悪くて……ケホッ」

「えっ———」

　そんな……杜若さん……。

「それ、嘘だよね」

「そうよ。それがなに？」

「え、すごく悪びれずに言う」

　澄ました表情で、彼女は顔を上げる。

「一瞬、死亡フラグかと思ったでしょ」

「思わないよ。杜若さんが皆勤賞狙えるくらい元気に登校してるの知ってるんだから」

　どういう心境でそんな澄ました顔してんの。

　しかし、勉強会と言われて思い出す。そろそろ中間考査の時期だ。

「……ん、待てよ。冒頭の文句を深読みしてみたんだけど、もしかして一緒に勉強しようって遠回しに誘ってる？」

「どうしてもとあなたが言うなら」

「まだ言ってないけど」

「仕方ないわね。今週末なら時間がとれるわ」

「えっ言ってないのに話を進める」

　まあ、強引なところも彼女の魅力だけど。

　どのみち、僕には拒否権なんてないので。

「じゃあ、うちに泊まりにおいでよ。杜若さんの苦手な数学を四六時中レクチャーするよ」

「お、お泊まりっ！？」

「ちょうど両親が温泉旅行に出かけてて」

「ラブコメでよくある展開！？」

　あ、しまった。意に沿わない提案だった。

「……そうだよね。杜若さんはそんなお約束、許せないよね」

「え、その」

「よし。せっかく図書室にいるんだから、ここで勉強しよっか」

「……そうね」

「静かで落ち着いた最高の環境だしね。とりあえずテスト範囲の確認からはじめよ？」

「……はい」

　どこか不服そうな杜若さんだけど、苦手は克服しないとね。

　こうして僕たちは、学生らしく勉学に励むことにした。

「……ねえ、補習イベントも都合よく使われると思わない？」

「それじゃあ、必死に回避しないとね」

「……そうね」

　僕たちの放課後はまだまだ続く。