009 開戦と共通原語

 ―全壊した自宅前―夜―


 ペトロは険しい表情を浮かべている。 

  

『ち、二人か、姿まで見せやがって、こっちをなめてる』


 相手は二人。

 一人は背に弓を、もう一人は腰に刀を差している。

 遠くに見えるその小さな影からは想像もつかないほどの悍ましい気配を感じる。

 だが、なぜだろうか。

 そこまで焦らない。


  『あの感じ、一人はこの前と同じやつだな、打ってくるぞ』


 刀を握りしめる。

 影が弓を構えた。

 この前は全く動きも見えず、何かが光ったところしか確認できなかったのに、今

では鮮明に相手の動作が見て取れる。

 影は背から弓を取り出す

 すると、その矢は途端に青白く輝きだす。

 光る矢をかけ、引き始め、


   ―来る―


放たれた。


 その矢を放つと同時に横の影がこちらに向かって走り出してきた。

 矢はとてつもなく速い。

 以前視認することができなかったが、おそらく同じ程度、もしくはそれ以上の速度でこちらに向かってくる。


  ―切れる―

  ギィィン!


 高速で飛んできた光の矢を目の前で切り裂いた。

 矢は粉々になり、きらきらと周囲に散る。

 弓を持つ影はこの結果に驚いたのだろうか、少しだけ間を開けたが、すぐに構

え、今度はゆっくりと矢を引いている。


 『よくやった、その調子だ』


 「ありがと、なんですぐ打たないのかな、もう一人が近くに来るまで打たない気か」

 『いや、違うな』


 ゆっくりと構えたその弓矢は一発前とは比べ物にならないほど輝いている。


 「バレバレな」


 『油断するなよ、おそらく分家の天子魔使い、攻撃に条件を付けている』


 『夜間にあれだけ光れば目立って奇襲が成功しにくくなる分、威力が底上げされるって感じかな』


 前段は何を言っているかさっぱりわからないが、聞いている時間はない。

 先ほどの倍ほどの光が闇夜を照らす。


 『唯、これ以上は足手まといになりそうだから少し姿を消す』


 「わかった、大丈夫なのか」


 『休憩だ、その心配はこっちのセリフだけどな、あと最後に―』


 と、言いかけたペトロは急に額にキスをした。


 「こんな時に何を―」


 途端、脳内にひとつの単語が浮かびだした。


   【【止まれ】】


 「なんだこれは」


 『ごめん、しばらくは出てこれないけど、危なくなったそれをイメージしながら言うんだ』


 その単語の意味は理解できたが、どう発したらいいのかがわからない。


 『共通原語、今は失われた原初の言葉。今では粉々に粉砕されて霧散しちゃったもの。あ、同じ相手に乱発は厳禁、あと誰にも言っちゃいけないよ。ま、行ったところで理解なんてできないんだけど』


 『力が戻ったらまた出て―』


 と言うとペトロは小さな妖精のように戻りながら消えてしまった。

 ――しばらくしたら出てくるのだろうか。

 心配だが今はそれどころではない。

  

 そしてまたわからない言葉が。

  

 共通原語、原初の言葉とはいったい何なのか。

 

 色々な思考が脳内をめぐるが、相手は考える時間を与えてくれないようだった。

 影が矢を放った。

 放つのが見えた瞬間、まばゆい光が矢が目の前まで来ていた。


 「くっ」

  

 紙一重で矢を交わす。

 少しかわすのが遅れたら、と想像すると心臓が止まりそうだ。

 かわして一呼吸付こうとした途端、もう一人の影が眼の前に現れ、上から刀を振

るってきた。

 姿勢を崩しながらも、一太刀目に反応し刃を交える。

 静かな田舎道に金属がぶつかる轟音が響く。

 剣同士の鍔迫り合いは、拮抗し互いに一歩も譲らない。

 遠くにいる弓使いは、こちらの攻防に手出しができないのか弓を構えてはいるものの、狙撃してくる気配はない。

  

 目の前の影は、自分と同じくらいの背丈だが、黒いコートで深くフード被っているため口元しか見えず顔や体格がよく見えない。

 

 鍔迫り合いの駆け引きの最中に黒コートが

  

 「ち、当主様の言う通り5層まで到達しているとは、出向いたのが私でよかっ

  た」

 

と発すると鍔迫り合いを切って数歩後ろに下がった。

 

 声からは少し年老いた男性と言う印象を感じた。

 

 「お前たちは一体何なんだ、何が目的だ」

 

 「それを答える必要はない、今降伏すれは大きな傷を負わなく済むぞ」

 

 「誰が降伏なんかするか、絶対に負かして色々と吐かせてやる」

  

 黒コートは「ふっ」と微笑する。

  

 「安心しろ、貴様の脳に用があるだけなのだ。抵抗さえしなければ痛みを伴わん。」

  

 「何を言って――」

  

 黒コートは右腕を顔の前に持ってくると、その瞬間


   【【まっくら】】


 黒コートが何かを発っしたのは分かったが、発した何かは何も理解できなった。

 そして急に目の前が暗転した。

 音は聞こえるが何も見えない。

 何がどうなってる。

  

 相手の気配も消えた。

  

 まずい、集中しろ。

  

 視界に頼るな、ほかの感覚で視覚を補う。

 殺気は全く感じないがしかし、かすかに感じる息使いや布のこすれる音。

 

  集中―集中―


 ……頭上か!


 気配に合わせ刀を天に向け振るう。

 

  ギィィン

 

 再び鳴り響く金属音。

 

  「なに?!」

 

 黒コートは反撃に驚いたのか、声を漏らし距離をとった。

 

 「原語を空打ちしてしまうとは…それにこれほど解けるのが早いと来た。アラヤの者はここまで原語に耐性があるのか。」

 

 黒コートが発した言葉「原語」。

  

 さっきマナが言っていたやつか。

 

 それと「アラヤの者」と言うのも気になる。

  

 暗転していた視界は少しづつ晴れていく。

  

 晴れる視界に少し安堵したが、それと同時に頭痛とめまい、そして体が急に重く

 感じふらついた。

 

  ―う…少し気持ちが悪い―

 

 それをみた黒コートが


 「ふ、限界か、無理もない、浅い経験でこの時間憑依できただけでも評価してやろう。当主への報告が楽しみだ」

  

 体から力がどんどん抜けていくのを感じる。

 

  ―どうしたら、このままでは―――

 

 その時、マナから託された最後の言葉、その使い方が今の相手のような使い方をすればもしかしたら…

 

 現状を打破するための案が一つ浮かんだ。

 黒コートはじりじりと距離を詰めてくる。

 

 「落ち着け、集中だ」と念を入れ、腰を落とし、刀を腰に当て鞘をイメージする。

  

 すると腰に鞘が現れた。

 

 「急に鞘が…だが鞘ごときで何をしようと言うんだ」

  

 黒コートが驚いているのを後目に、刀を鞘に納め構えた。

  

 「なるほど、居合か、抜けかけの力で当たるかな」

 

 黒コートの口元がにやりと笑う。

 

 「さぁ二回目でも効き目は強いぞ」

  

 黒コートは再び


  【【まっくら】】


 を唱えた。

  

――――――――

 俺は居合道をずっとやってきたが美空ほどうまくない。

 いつも型も実技も一度も勝ったことがない。

 ああ、力はどんどん抜けていく。

 でもここで負けたら、家族や美空、友人それにペトロとも一生会えない。

――――――――


 再び暗転する視界。

 残った力を奮い立たせる。

 黒コートの気配が間合いにかかった瞬間。


  【【とまれ】】

 

 強くイメージして発したそれは、相手を―

  

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【フラスコ コネクト】 ふるみ たより @hurumi

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