7 号令
彼らは号令を待っていた。
「いよいよ決行日だ。場内警備の配置についてはさっき言った通り。レドさんのおかげで内部の衛兵が数人味方についてくれているから、その手引きで奥に進めるはずだ」
「やっぱりゲンズのことは撃つしかないのね」
アンヌはそのことだけが気がかりだった。
「ああ、その責務は俺が引き受ける。これもレドさんが用意してくれたものだ。練習はしていないが、最新式だから照準を合わせるのもそれほど難しくない」
「ライン君にその役割を押し付けてしまって済まないね。私は衛兵たちの指揮をとらなくてはならないから、どうしても遅くなってしまう」
「大丈夫ですよ。そもそも提案したのは俺ですから」
「すまないね」
レドは頭を下げる。
「遠慮するこたねえ、てめえの代わりに俺が奴の頭に鉛玉ぶちこんでやりてえぐらいだ」
キールは先日も衛兵によるガサ入れに遭い、クローゼットに隠していた貯蓄を没収されて怒り心頭だった。
「ゲンズは度重なる徴税でお金を巻きあげていますが、奇跡的に人を殺していません。不都合な人間は皆、投獄で済んでいます。おそらくはゲンズにその度胸がないだけでしょう。実際、彼が王座に座ってから、重罪人でも死刑に処された者はいません」
「確かに前のジジイのときは何人も処刑されていたな。あんな頼りねえツラでもやることたあ、やっているもんな」
「それはそうですよ。全ての決定権は国王様にあるのですから、国王様はいつもこの国の先を見据えて真摯に国事と向き合っておりました」
「でもアイツの取り行った政策はどれもあまり芳しくなかったよな」
「他国に引けを取らないように衛兵の数を増やして軍備を整えつつ、貿易面においても力を入れておりました。おかげで遠くの国との通商も昔よりずっと盛んになりました」
「そうは言ってもなあ、その恩恵を俺たちが受けられねえと意味ねえんだよ。どうせアンタら上の連中は下のもんから取り立てるだけ取り立てて、甘い蜜を吸っているんだろうがな」
「その辺にしておきましょうよ、キールさん。今は結束を固めるときですから」
キールがさらにヒートアップしていくのでリーアが宥める。
「リーアの言う通りです。もし不満があるのでしたら、無事に完遂して国王様が再び玉座を取り戻した際に改めて提案してください」
「はっ。さすがリーダー様は言うことが違うねえ」
キールは鼻で笑う。そんなことが出来るならとっくにしていると言わんばかりだ。もちろんそんなことはラインだって分かっていたが、言い返すことはせず、粛々と計画の確認を行った。
「では行きましょうか」
「ずいぶんあっさりしていますね」
レドが言う。
「いまさら話すことはありませんから。皆、それぞれの役割を全うしてください」
ラインはいつになく淡々としている。やはり緊張しているのだろう。
計画は単純だ。
夜更けまで酒を呑んで騒いでいるゲンズの元に向かい、ラインが彼に弾丸を撃ちこむ。可能であれば殺さずに拘束することになっているが、誰もそれができるとは思っていない。協力者だって結局は両手で数えられる程度しか集められなかった。ラインとレドを除いた者たちは城にいる他の衛兵を監視しつつ、何かあったときには引きつけておく役割だ。
また当然ながら、彼の能力と従者たちが問題となる。従者たちは常にゲンズのそばについている。ただゲンズはここのところ情緒不安定気味で、自分の命を狙う者が現れることを怖れ、突然暴れだしたりがなり立てたりしているらしく、そこに勝機があるとレドさんは話していた。ラインもそれに賛同していたが、アンヌには嫌な予感がしてならなかった。
作戦は順調に進んでいった。
城内に侵入するのはラインとレドの二人だ。人数が少なくなってしまったのは仕方がない。二人は正門からではなく、王城から少し離れたところにある川へ向かう。そして城の方から流れてくる水が出ている排水口のすぐそばまで行くと、そこの苔に覆われた壁の下方を押した。すると鈍い音を鳴らしながらゆっくりと壁が動き、鍵穴が現れる。
「ここが代々王家に伝わる避難経路の一つです」
レドがポケットから取り出した長い鍵を差し込み二回転させてから横に引くと、せいぜい大人一人が通れるほどの通路が現れた。古い城なので、こうした隠し通路は把握できないほど無数にあるそうだ。
「城内に繋がる天板は城側からしか開かない仕様になっているのですが、向こうに仲間が待ってくれています。さっそく参りましょう」
「案内お願いします」
レドを先頭に歩いていく。道はくねっており何度曲がったか分からなくなるほどで、時折大きな蜘蛛の巣があったりもしたが、足場だけはしっかりとしていた。
しばらく歩いていくと、やや広くなっている場所に行き着き、そこには少し急な石の階段があった。レドは迷わず階段を上っていく。しばらく上がると階段は唐突に終わった。そこでレドが天井を二度ノックするように叩くと天板が外れた。
「お疲れ様です」
開けてくれた衛兵が低い声で言った。彼は明らかに緊張していた。ラインもレドに続いて天板の開いた隙間を潜り抜ける。ここが城内の真ん中にある大広間からいくらも離れていない物置となっている部屋であることは、すでに聞いていた。
その衛兵は敬礼をしたが、レドは軽く右手をあげるだけだった。作戦中だからという理由にしてもいささかぞんざいすぎるように思えたが、特にそれに対して何も言わず、「どうもありがとう。ご協力感謝します」と代わりにラインが礼を言う。しかし衛兵はラインにはまるで反応を示さず、無言でその場を立ち去った。
「ゲンズは酔いを醒ますために屋上にいる。このまま行くぞ」
「はっ、はい。分かりました」
いつにないレドの強い口調に、ラインは再び気を引き締める。
「はあ、暇だなあ。さすがにこうも毎日やることがないと退屈で死にそうだよ。出てくるご飯は冷めきっているし、鬱になりそうだ」
メルクは手に持っていた黒鉛を床に投げ捨てた。壁には一面絵と文字が描かれている。看守はそれを狂喜乱舞しながら書いていたメルクの姿をみて、気がふれたと思ったらしく、必要最低限しか接触してこなくなった。もっといえば、通りがかるたびにしつこく声をかけては飽きるまで話し相手をさせられるからというのが最大の理由であったが、そのことは当人は自覚していない。
そんなとき、足音が聞こえた。またいつもの看守の一人だと思い、「僕が以前滞在していた国ではね」と喋りだす。
「元気そうですね」
意外にも好反応を示されたことにメルクは歓喜したが、そもそも声が違うことに気付く。
「あれ、これは予想外。こんなところで再会できるとは思っていなかったよ」
メルクは笑みを浮かべる。
「やっぱり人生っていうのはいつだって驚きの連続なんだね。驚きっていうのは、つまるところ既知ではない、未知との遭遇って意味さ。未知っていうのはつまるところ予知できなかったことであり、キミとの再会は僕の頭にはまるでなかったものだ。キミにはエンターテイナーの素質があるかもしれない。エンターテインメントというのは、他人の心を動かすことに終始していて、それは何も秀でた特技や演芸の才能に拠らないのさ」
「もう少しお静かにできませんか。他の看守にバレてしまいます」
彼はメルクに呆れながらも、牢獄の鍵を外す。
「やけに警備が手薄だな」
いくつにも分岐された城の階段を駆け上がり、あっという間に最上階にまでたどり着いたラインは首を傾げずにはいられなかった。ここまで来るのに衛兵の一人ともすれ違っていない。さすがに城内では血なまぐさい戦闘を避けられないと覚悟していただけに、ずいぶんな肩透かしだった。
「運が良かったのでしょう」
運が良かったという言葉で済ませられるものなのか。ラインは疑問を覚えるが、「早く行きましょう」と促され、気持ちを切り替える。
屋上に続く階段は最上階まで昇った階段とは正反対に位置しているので、廊下を突っ切って行かなければならない。最上階は、国王やその親類のための私的な寝室が並んでいるとは聞いたことがあったが、今は追い出されてしまっているのでほとんど使われていないらしい。
ひと昔前であれば城というのは要塞を兼ねていたが、すでにそれは前時代的なものとなり、より居住空間として機能的にするために何度も改築工事が行われている。廊下には赤い絨毯が敷かれ、天井には精巧な細工の施されたシャンデリアが取り付けられ、壁には高級そうな額縁に絵画が飾られるようになり、金持ちの屋敷とほとんど変わらない。
ラインは初めて城内の上の階まで来たので、しばしの間それらに目を奪われるが、レドは慣れた様子で先に進んでいく。人の気配は感じないが、レドの堂々とした足取りはさすがに不注意に思えた。しかし結局は誰にも見つからず、屋上に続く階段までたどり着いてしまった。
「行きましょう。とにかく速さが大事です。ゲンズがこちらを認識して異能を行使する前に撃つ。計画通りにやれば問題はないでしょう」
「はい」
ラインは一介の農夫に過ぎない。だから今から引き起こすことがどれだけのことなのか計り知れない。しかしすでに覚悟は決めている。決して銃口を向けることをためらったりはしないと誓い、どんな結末が待っていようともそれを受け入れようと決意を新たにする。
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