第25話 筆の完成
応竜との激闘から、はや一ヶ月が過ぎていた。
都市エンブルクの騎士団詰所。
今ではすっかりオウカとシグルドの仮住まいとなっているその一角に、剣の音と筆の擦れる音が交互に響いていた。
「左足、半歩引け! それでは上段からの突きに対処できんぞ!」
朝の訓練場では、シグルドの厳しい声が飛ぶ。部下の若手騎士たちが汗を流しながら剣を振り、彼の的確な指導を受けていた。
都市巡回、治安維持、訓練――
彼はあえて日常の任務に身を置くことで、竜との対峙で感じた己の限界と真正面から向き合おうとしていた。
「今までの力とルーン魔術だけでは守れない。言葉と心、それに……雷を操るバカ女の無茶もな」
シグルドはそう呟いて、遠くの書斎棟へ目を向けた。
そこでは、別の戦いが繰り広げられていた。
オウカは机に向かい、筆を握っていた。
まだ完成していない“筆杖”の代わりに、通常の筆と墨でひたすら漢字を書き続ける。四字熟語、対句、詩文。だが、ただの書ではない。すべては“意味”を深めるための修行だった。
「この『雷』に宿る線のうねり……まだ足りねぇ。もっと、もっと――“稲妻”が走るように」
集中すると、周囲の音が消える。紙の上を墨が走り、時折、わずかに空気が震えるような錯覚を覚えるほどだった。
だが、書の修練だけではない。
彼女は今、「王立魔術学院」への入学も視野に入れていた。
漢字魔術、という未知の魔術を体系的に伝えるためには、正式な学術機関に入る必要があると――ミストレアから進言されていたからだ。
「マジで、試験勉強する日が来るとはなァ……」
参考書とルーン論の入門書を前に頭を抱えながらも、彼女は諦めなかった。
公爵令嬢・ミストレアとの文通も続いていた。
“あなたの行いと書は、すでに王立学院の一部の教授たちに伝えました。特待生推薦についても、順調に話は進んでいます。――心より、あなたが来る日を楽しみにしております。”
彼女の筆跡は、まるで花が咲くように優雅で美しかった。
その文面には、貴族らしい教養と品位、そして隠しきれぬ期待の熱が滲んでいた。
そうして迎えた、ある日の夕方――
ノクスから一通の手紙が届く。
「完成した。雷が宿る筆――お前の《筆杖》が、いまここにある」
文面は短く、しかし文字一つひとつが熱を帯びていた。
――ついに、その時が来たのだ。
オウカとシグルドは、再び郊外の工房へ向かった。
かつての戦場を越えたような達成感と、これから背負うべき“力”への予感が、彼らの歩みに静かな緊張を与えていた。
ノクスの小屋に着いたとき、扉は開いていた。
そこに立っていたノクスは、ひどく疲れた顔をしていた。
目の下には隈、服には煤、指は細かい火傷だらけ。
だが――その顔には、確かな満足が宿っていた。
「よく来たな。こいつは……俺の生涯で、最も“やっかいで、誇らしい”仕事だった」
そう言ってノクスは、工房の奥の祭壇のような台座から、布に包まれた一本の筆杖を持ち上げた。
長さは30㎝ほどで、扱いやすいサイズ感だ。
軸は深い漆黒に染まり、まるで夜空を凝縮したかのような光沢を放っている。
その表面には、風霊杉の年輪が渦のように走り、握れば手に馴染むようなしなやかさを感じさせる。
筆先には、応竜の髭が数本、束ねられ、まるで生き物のように揺れていた。
否――それは、確かに“生きていた”。
筆の穂先からは、見えない雷の気配が走る。
触れてもいないのに、空間がぴり、と裂けたような衝撃が走る。
ただそこにあるだけで、存在が場を圧倒する。
静寂が、工房を包んだ。
誰も言葉を発せなかった。
ノクスが、静かに口を開く。
「……さあ、オウカ。受け取れ。お前さんのためだけに生まれた、筆だ」
オウカは、一歩前へ出た。
その指が、筆に触れる。
次の瞬間――
空気がひときわ震え、淡い雷光が筆先に走った。
真なる筆が、主の手の中で目覚める時が来たのだ。
◆◆◆お礼・お願い◆◆◆
第25話を読んでいただき、ありがとうございます!!
伝説の武器はね、みんな生きてなきゃダメなんすよ(過激派)
この作品では、元ヤン書道天才ガールが、ルーン文字魔術の世界で破天荒に活躍する冒険活劇になります!!!!
ちょっとは面白そうだから応援してやるぞ、鈴村ルカ!!
オウカのキャラクター性が面白いじゃないか!!
斬新な設定で、楽しめそうだ!!
と、思ってくださいましたら、
★の評価、熱いレビューとフォローをぜひぜひお願いします!!
皆様の温かい応援が、私にとってとてつもないエネルギーになります!!
鈴村ルカより
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