第24話 大いなる筆、製作開始

 幾重にも連なる雲が、西の空に朱を落としていく。


 霊山からの帰路、二人はほとんど言葉を交わさなかった。

 嵐と雷、そして応竜との激闘の余波が、心身ともに染みついている。オウカの脚は重く、シグルドの肩もどこか沈んでいた。


 けれど、互いに笑っていた。




「はっは……死ぬかと思ったぜ、マジで」


「それは俺のセリフだ。途中、本気で死を覚悟したからな……! なにが“竜のおっちゃん、髭を一束くれ”だ、正気じゃないぞ」


「けけっ、正気じゃないのは根っからさ。けど、結果は出したぜ、兄さんよ」




 オウカの懐から、一房の黄金がちらりと顔を覗かせる。

 応竜エル・クーロンの髭。その一房だけで周囲の空気が微かに揺れるほどの、圧倒的な存在感を放っていた。


 陽が沈む頃、ようやく都市エンブルクの郊外にあるノクスの工房小屋が見えてきた。


 古びていながら手入れの行き届いた木造小屋。周囲の草花は勝手に咲いているのに、まるで工房を守るように整然としていた。




「ノクスゥゥゥッ! ただいまァァァッ!!」




 オウカが建て付けの悪い扉を思いっきり蹴破るように開ける。




 「おい蹴るなバカァァァ!! ちっとは静かに開けやがれ!!」




 すぐに中から怒鳴り声が返る。だがその声には、どこか安堵の色が混じっていた。


 煤けたエプロン姿のノクスが、鉄粉まみれの手をぬぐいながら姿を現す。

 その目がオウカとシグルドの顔を確認した瞬間、一瞬だけ見せた安堵の笑み。だが、それもすぐに消えて、真剣な色へと変わる。




 「……で、どうだった。まさかとは思うが……」




 言葉の途中で、オウカがにやりと笑い、懐から“それ”を取り出した。


 黄金の髭束――竜の象徴、雷の化身。


 ノクスは一歩踏み出すと、手も伸ばさぬまま立ち止まり、凝視した。




 「……は、ははっ、応竜の髭……!」




 彼の笑い声が、少しだけ震えていた。




 「こいつぁ紛れもねぇ、本物さ。アタイの筆になる運命にあったってわけだ」




 ふざけた調子に見えて、その目は真剣そのもの。

 ノクスはようやく歩を進め、手袋を脱ぎ、素手で髭にそっと触れた。


 ――ビリ、と空気が鳴った。


 髭から流れ出る雷の余韻。まるで、髭そのものが今も“主”の意志を宿しているかのようだった。




「これは……凄まじい。生きてる。いや、殺気すらある。こいつを制御せずに筆にすれば、使用者を焼き尽くすぞ」


「やっぱ、そーいうもんかねぇ……」


「だがな」




 ノクスはふっと口元を緩め、髭を見つめる目に静かな敬意を宿す。


 


「……やっぱり、お前さんは“本物”だ。言ってたよな、“応竜から髭をもらう”って。俺は半信半疑だった。だが――やりやがった。馬鹿と天才は紙一重ってやつか」


「いやいや、アタイは“かき”一重よ」


「うまくねえんだよ」




 ノクスが溜息まじりに工房の奥へと歩き出すと、重々しい扉を開けた。


 中から、丁寧に封じられた木箱が二つ、姿を現す。

 一つは黒光りする金属の塊。もう一つは、淡く風の音を立てる木材の束。




「用意しておいた。お前さんの帰還を信じて、約束通り、王都から取り寄せたぜ」


「ほう……このかってえ石は?」


「“魔導鋼・漆黒ブラック”――魔力を通すためだけに鍛えられた特注の鋼。こいつを筆の芯にする。並の術者じゃ使いこなせねえが、お前さんならいけるだろ」




 ノクスが次に掲げたのは、淡い青緑の年輪をもつ木。




「こっちは“風霊の一本杉”。古代遺跡に生えてた霊樹を、特別に切らせてもらったらしい。軽くてしなやかで、魔力伝導性は木材の中で最上位。筆の柄に最適だ」


「ほぉぉ……触れるだけで、風が抜けるような触り心地がするぜ」


「だろうな。で――ここに、応竜の髭が加わる」




 ノクスは静かに言った。




「筆を作る。いや、“筆杖”だ。お前さんのための、唯一無二の一本。書けば雷が奔り、振るえば嵐が巻く……だが、忘れんな。完成した筆はおそらく“使い手を選ぶ”」




 オウカは一歩前に出ると、堂々と胸を張った。


 


「上等じゃねぇか。“選ばれしバカ”になる覚悟なら、とうにできてる」




 ノクスは笑わなかった。ただ、小さく頷いた。




「……よし、完成したら、すぐ騎士団詰所に手紙をよこす。それまで、一人で作業に集中させてくれ。魂を、全精力を、筆にこめるからよ」


「わかった、おっちゃん……頼んだぜ!」




 こうしてオウカとシグルドは、ノクスの小屋を後にした。


 あとは、伝説と呼ばれた職人にしかできない仕事を任せるだけ。


 10年ぶりに、ノクス工房の火炉が赤く灯る。


 雷の髭、風の木、黒き鋼。

 すべてが“筆”となるべく、今ここに集い、打たれる。






 ◆◆◆お礼・お願い◆◆◆


 第24話を読んでいただき、ありがとうございます!!



 オウカの親父ギャグのセンスは、作者の技量です……ユルシテ……ユルシテ……



 この作品では、元ヤン書道天才ガールが、ルーン文字魔術の世界で破天荒に活躍する冒険活劇になります!!!!


 ちょっとは面白そうだから応援してやるぞ、鈴村ルカ!!


 オウカのキャラクター性が面白いじゃないか!!


 斬新な設定で、楽しめそうだ!!


 と、思ってくださいましたら、


 ★の評価、熱いレビューとフォローをぜひぜひお願いします!!


 皆様の温かい応援が、私にとってとてつもないエネルギーになります!!


 鈴村ルカより


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