転生最強魔王の引退物語 ~最愛の部下と田舎でのんびり暮らすんだ~

茶巾まる

第1話 一般社員は魔王に転生する

とあるオフィス街のビル5F、ひとつのフロアに僅かな光が輝いている。

ああ、もう夜の11時かよ。毎日毎日残業続き、しかも今日で20連勤だ。


俺の名前は『天城あまぎ伝馬てんま

いわゆるゼネコン系ブラック企業に務めている30歳を過ぎた会社員だ。


毎日始発から終電までの仕事続きで肉体も精神も限界を超え悲鳴をあげている、ほぼ気力だけで仕事をこなしている状態でこんなに仕事が終わらないのは仕事をしない課長のせいだ。

今日の出来事を思い出す。


「ああ、天城くん例の新規案件だが明日までに資料を揃えておいてくれ、明日会議があるんでな」


そう言って俺に仕事を押し付けて自分はとっとと帰りやがった

こんな事はもう日常茶飯事にちじょうさはんじで思わず叫びたくなる。


「くそっ、あのクソ課長!また新規案件を、明日までに仕上げろだと!?」


「テメェが自分の仕事を放棄して、俺に押しつけてやがって!毎日毎日、深夜残業、サービス残業!ふざけんなよ!」


大声に出して叫びたい。でも、そんな気力もない。

ただ心の奥で、罵倒ばとうを吐き出すことしかできなかった。


そんななか資料と睨み合いキーボードを叩く指先が、なぜか震えている。

疲労で、キーボードを叩く動作でさえ神経を貪り始めている証拠だ。


今日はディスプレイに表示された表計算のシートに示される文字が、なんだかゆらゆらと揺らいで視線が定まらない。


「なんか変だな…コーヒーでも飲むか……」


俺は椅子を後ろに下げて立ち上がった。

長時間椅子に座って疲労で麻痺していた足を血液が一時的にドクドクと叩き始める。


歩こうとするといつもと感じが違う、足が浮いているような感覚、ふらつく足で給湯室へ向かう。

ただ歩いているのに、地面が地震でも起きてるように揺れているような感じがする。


廊下を歩き給湯室の扉を開け、使い捨てカップにインスタントコーヒーを投入する。

カフェインでドーピングすれば、体も目覚めるだろう。

ウォーターサーバーからお湯を入れて、砂糖を入れてゆっくりと棒でかき回す。


そんな中、壁に貼られたポスターに目が止まった。


『残業は控えましょう!ワークライフバランスを大切に!』


ポスターを見て思わず呆れる、何だよ残業を控えましょうって。

こちとら毎日残業三昧だよ、誰だよこれを貼ったのは。


だいたい推測はできる、毎日定時で帰るクソ課長だ。

ポスターを破り捨てたい衝動を抑えながら先程入れたコーヒーを飲むことにした。


「ああ…コーヒのカフェインがしみるなあ」


胸の奥にコーヒーを流し込んだ後、急に息苦しい圧迫感が走った。

鈍い痛みではない。肺の中心から体に血液を送る臓器、心臓からの痛みだ。


「なんだ、これ。息が、吸えな…い……」


コーヒーを入れたカップが指先から滑り落ち床に当たり溢れる。周囲の時間がまるでスローモーションのようになり、慌てて流し台の縁に手をつき、体重を預ける。


ドクンドクンと脈を打つ心臓が徐々に静かになる。

俺は体内の異常を感じた、直感でこれはヤバイと確信したが体が言うことを聞かずに

足の力が抜けそのまま床に倒れ込む。


冷たい床の感触を感じながら天井の照明を見つめる。

視界が、急に暗くなってきた周囲の光が、まるで古いテレビの砂嵐のようにノイズになっていく。


耳の奥で、甲高い金属音のような「キーン」という耳鳴りが、音量を増していく。

自分の心臓の音が全く聞こえない。


「俺…このまま、終わる…のか……?まだやり残した事沢山あるのに…」


俺の意識は、真っ暗な穴の底へと、静かに誰にも知られることなく沈んでいった。


(ああ...何も、見えない...。もダメだ....)


今までの出来事がものすごい高速で流れ去っている

これが走馬灯と言うやつか。手を振り上げて最後の抵抗をしたが。そのまま横に落ちる。

体に残っていた最後の力が、ふっと消えて俺の命の炎はそこで消えた。


---


気がつくと俺は綺麗な星空の中、オーロラが輝く大地の上で寝そべっていた。

体を動かそうにも動かない、声も出せない、これが天国って奴だろうか。


でもその割にはあまりにも殺風景だ、下手したら地獄なのかも知れない。

しばらく経つと体を動かせる感覚があった、上半身を起こしてその場に座り込んだ。


先程まで気付かなかったが隣に誰か立っている感覚がある。

ゆっくりと視線を動かし隣に存在している姿を確認する。

すると漆黒しっこく豪華ごうかなローブに身を包み全身に暗黒のオーラを漂わせた人物が立ち構えていた。

顔は暗黒のオーラで見えないが目の部分にある光が目の形を作っている。

明らかに自分がいた世界の人ではない存在、神様だろうか?その割には雰囲気が違うと思った。


「人間よ…我の声が聞こえるか…喋らずとも心で会話できる、返事をしろ」


突然聞こえてきた声に驚いたが恐る恐る答えてみた。


「…あなたは?」


「我が名は魔王『バルテオス』、こことは異なる世界の魔族の王だ」


「は、はあ…魔王様ですか?一体ここはどこでしょうか」


「ここは死の世界と繋がる、中継地点の様なものだ」


「…そうですか、やっぱり俺は死んだんですね、それで魔王様は一体俺に何の用なんでしょうか?」


「死の世界に飛び立つ命を見ながら、我はここでずっと待っていた、魔王の後継者たる存在が現れることを、それがお主だ」


「…魔王の後継者…?この俺がですか!?」


「お主には闇に対する類まれなる能力を持っておる、魔王の資格たるや充分の素質だ」


「…そんなの全然感じないんですが、そうなんですね」


「そこで相談だが、どうだお主、私の世界で魔王をやってみないか?」


「…魔王!?俺がですか?」


「もし、お主がこのまま死の世界に行ったら記憶も全て消去されて魂は洗われて無垢な存在となる、だが私の提案を受け入れれば、今の記憶と我の記憶の一部を持ったまま別の世界で魔王として生まれ変わる、どうだ悪い提案ではないだろう」


俺は考えた、このまま死んだら何もかも消えてしまうんだろう。

でも異世界に魔王と転生すれば第二の人生をこのまま送ることが出来る。

現実世界では、仕事三昧で散々だったけど新しい人生を楽しんでみるのもいいかもしれない。


「…解りました、その提案を受けます」


「おお、引き受けてくれるか、では私の記憶をお主に託そう」


魔王様はそう言って光の玉のような物体を手から生み出す、そして生み出した物体を俺の体に送り込むと自分の体と一体化した。


「しばらくすれば復活の儀式で魔王城に召喚されるだろう、後は頼んだぞ…」


そう伝えて魔王様は空高く飛び立ち消えて行ってしまった。

それからどれくらいの時が経っただろう、突然地面の穴が大きく開き地の底に引き込まれる。

流れ落ちる流星の中に放り込まれて、ある星の中に落下した。


気がつくと豪華だけど若干古びた城のような場所にいた。

自分がいる場所は魔王様の玉座のようだ。


玉座を見てみると綺麗な石を何層にも重ねて作られていた。石の表面には、ところところ傷ついてはいるが数多の英雄を打ち砕いたという、歴戦の戦闘後が今なお焼き付いているかのように、鈍い光りを放っている。


周囲を見回してみるとかなりの広さの部屋であり、数十メートル先に離れた場所に死者の骨のような灰白色の模様で彩られた大きな扉が備え付けられている、等間隔に並ぶ巨大な柱には生き物のようにねじれた魔物の形を模した彫刻が施されいて如何にも魔王城という感じがする。


頭上はるかを見上げてみると高くにある天井からは、太陽の光が届くはずもないのに、不吉な光を放つ石が空間全体を明るく照らしている、この世界の魔石という存在だと魔王の記憶から読み出せる。

存在せし場所として支配者の威光を具現化した空間を演出している。


魔王として降臨し周を見回しながら微動だにせず座していると、眼の前には一人の女性がひざまずいていた。

眼の前の女性は静かに自分への賛辞を述べてきた


「魔王様、復活おめでとうございます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る