第12話
研究所見学の帰宅路。
「なあ、京介」
研修を振り返りながら、健斗は京介の名を呼ぶ。
「ん?」
隣で京介は不思議そうな顔をしていた。
「あのゼピュロスがその・・・・・・アガリアが攻撃して来た理由なのか?」
「ああ。おそらく」
京介はどこか曖昧な顔をする。
「おそらく?」
確定では無く、断定的であると言うことか。
「越前はまだ試験段階と言った。それが建前でもうすでにゼピュロス・システムは完成しているのか。それとも本当に試験段階か。それか、別なのか――か」
次第に京介は深刻な顔になっていった。
そもそも、何の試験の段階なのか。実用化のための試験。
それとも――人の魔力で動かすための試験なのか。
考えれば考えるほど、良くない未来を想像してしまう。
京介は気持ちを切り替える様に大きく息を吐いた。
「まあ、どちらにしても直にわかるか」
何かを感じ取った顔で京介は呟く。
良くも悪くも明日で何かが動く。
京介は直感的にそう感じていた。
さて、ゼピュロスは何をもたらすのか――。
京介は空を見上げ、希望であることをただ願った。
―――
深夜。研究所試運転室。
「さて――」
薄暗い部屋の中で一人。越前はゼピュロスの前にいた。
所長の明智でさえも、数年悩んだ難題。自分はその難題に直面している。
「ゼピュロスの動力源」
開発者の中でも数えられるほどしか知らない、その真の動力源。
それこそが――ゼピュロス・システム。
その機能は通常時、目視出来ない様になっている。
だが、ゼピュロス・システムの根源であるコアは、ある条件で出現することを昨年、明智が発見した。
越前は明智と共に、詳細を調べていく中で一つの可能性に気がつく。
「このコアに人の魔力を組み込めば、どうなるのか――」
魔力供給機器から魔力ケーブルを経由し、ゼピュロスに魔力を供給する。
それが従来の供給方式であり、動力源でもあった。
越前の中で生まれた、一つの疑問。
供給源を魔力供給機器からでは無く、直接人の魔力を供給したらどうなるのか。
事実。魔力供給機器も一部は人の魔力であり、それを汎用的に変換している。
「だったら、直接からでも可能ではないのか」
間接的では無く、直接。原点は一緒であれば、後は微調整だけでは無いのか。
越前は自身の魔力を供給させることが出来る魔道具をすでに開発していた。
例え、それが出来たとしても、その先は未知数。
まだ誰も体感していない世界だった。
「本当に動くのか、それとも――」
反転。魔力が逆流して、自身の身体に害を及ぼすものなのか。
越前は想像すると身震いをした。
しかし、突然のことながらこの試みは自身とは言え、人体実験の一つである。
「魔法都市の法に触れてしまうのか・・・・・・」
ハッとした顔で越前は顔を上げた。
無論、この魔法都市で自身を実験の材料として使用することは禁じられている。
それに考えることさえも調査が入り、ある組織が動く可能性もある。
「魔法騎士に見つかる可能性もある――な」
ゼピュロスを扱う研究所の中でもここは大きい施設。
それ故、その技術を悪用しないかを随時、監視されている。
きっと、すでに水面下で警察か魔法騎士が調査しているかもしれない。
「それでも――」
見つからない様に。ゆっくりとひっそりと、この技術を試してみたい。
純粋な好奇心が越前の中にはあった。
だが、その好奇心の先は、必然的に警察や魔法騎士と衝突することになる。
「まあ、警察だろうな」
少し諦めた様に越前は言った。
仮にもこの事案は、魔法騎士が動くほどのことでは無いだろう。
魔法騎士とは、魔法都市のイレギュラーな事件を扱う特殊な組織だ。
「動くとすれば、それほどの価値があると言うことか」
不思議と越前は、一人の研究者として誇らしい気持ちになる。
背徳感がありながらも、好奇心が勝った。
「おそらく、彼らも本当に研修生じゃないんだろうな・・・・・・」
儚げな顔で越前はゼピュロスを見つめる。
研修に来た柴鳥と志波。
雰囲気でわかった。彼らは研究者では無いことに。
その事実、おそらく明智も知っているだろう。
彼はそんなに鈍感な人物では無かった。
しかし、その明智が何も言わない。
承認の上なのか、わかっていて言わないのか。
理由はわからないが、彼らは間違いなく疑惑を持ってここに来たはずだ。
「・・・・・・むしろ、今なのか」
自身の研究結果でもある、ゼピュロス・システムを検証する機会は。
途端に越前の胸は熱くなる。やはり、これは紛れも無い好奇心。
我ら悲願。
人類魔動機計画。
人類の魔力を用いて、全ての魔動機を半永久的に稼働させる。
このゼピュロス・システムは、その始まりの一歩に過ぎない。
「失敗は許されない」
一歩目でくじければ、何もかもうまくいかなくなる。故に失敗は許されない。
失敗しないために越前は数年、この研究所で研究をしてきたのだ。
「――さあ、始めよう。悲願のために」
越前はゼピュロスへ向け、笑みを浮かべた。
―――
月夜の下の薄暗い世界。
アガリアと一人の男はそこにいた。
「それでアガリア、もう決まったのかい?」
金髪の男は興味深そうに笑みを浮かべる。
アガリアはやけに思いつめた顔をしていた。
彼がその表情をするのは、敵陣へ攻め入る時のみである。
「ああ。攻めるなら、明日だ」
「――なるほど。それで場所は?」
襲撃は明日。つまり、その日には何か特別なことがあると言うこと。
どこからその情報を入手したかはわからないが、アガリアの持つ情報は信憑性が高い。
「研究所だ。そこに我々の探していたものがある」
「おー、ようやく見つかったのか」
ゼピュロス・システム。何やら人間たちが編み出した兵器の機能の一つだとか。
貧弱な人類が考え付いたもの。我ら魔族からすれば、その威力はたかが知れている。男はそう思っていた。
「ああ。ようやくな」
疲れたように息を吐き、アガリアはそう言った。
何度か人界へ赴き、捜索したが見つからなかったもの。
それがやっと見つかったのだ。
「それでどうして我らに害があるんだ?」
有害なものであれば、勝手に作って勝手に滅べばいいのに。男は不思議だった。
人間が魔法を使いこなせるはずが無い。
やがて、それは破滅へと繋がる。魔法に固執した人間の末路を男は知っていた。
「具体的なのは俺もわからん。しかし、彼らが言うには、それは害と言うよりも影響に近いそうだ」
腑に落ちない顔でアガリアは、ゆっくりと首を左右に振るう。
「はー、あいつらも難しいこと言うね」
アガリアの言う彼らとは――。おそらく、上層部のこと。呆れた顔で男は言った。
頑固と言われたアガリアでも、上層部からの命令は素直に従う。
それが我らのためだと思っているからだ。
さすがに、怒らせた上層部に勝てるはずが無い。
「だが、ぬかるなよ」
腑に落ちない顔でアガリアが眉間にしわを寄せた。
「――なぜ?」
手加減するなと言っているのか。
無論、手加減をしたとしても、死んでしまうだろうに――人間など。
「驚くなよ」
「人間に?」
驚くことなどあるのか。男はアガリアの言葉に驚いた。
「人間の中でも、我らの同格の力を持つ者がいるんだよ」
「――は?」
呆然とした顔で男は口を半開きにする。
そんな馬鹿な。魔族と人類が同等とでも言うのか、アガリアよ。
「魔導十二星座。あいつらは人間の中でも最高位の魔力を持つ。――注意しろ」
「はー。お前がそんなに言うなんて余程のことだな」
アガリアがここまで言う。男はその意味をしみじみ考えた。
「ああ。それほどのことなんだよ」
「それほど――か」
その言葉は次第に男の中で現実味を帯びていく。
「最悪、ニルヴァーナを使え。出なければ、我らが死ぬ」
現にアガリア自身がそうだった。
アガリアは魔導十二星座の一人でもある白鳥京介の強さを思い出す。
もし、彼が何振り構わず全力だったとすれば、互いに無傷では済まなかったはずだ。
自身がニルヴァーナを使用したとしても、互いの全力はどこまでか。
アガリアは想像もつかなかった。
おそらく、どちらかは死ぬことになる。敗北と言う死を。
「――了解。アガリア隊長」
まあまあ、そう言いたげな顔をして、男は近くに置いていた黒いコートを羽織った。
「・・・・・・さあ、行くか――シルク」
そう言ったアガリアの前に黒い魔法陣が展開され、二人はその中へと入る。
――さあ、始めよう。
こうして、アガリアたちは人界へと向かった。
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