休日①

今日もまた外は雲一つない晴天である。カーテンの隙間から差し込む日差しがそれを教えてくれる。こんな日はどこか散歩に行くのが、いいかもしれない。


 だが、この部屋の主はむしろその日差しから避けるように部屋に引き籠っている。それは、別段珍しい事などでは決してない。なぜなら、彼は学生として学校に登校し、勉学に励む以外の時間の大半をこの部屋で過ごしている。


 この部屋で何をするのか。勉強? いやいや、それは学校でしている。ならば、昼寝をしているのか? いや、むしろ彼は睡眠時間を削っている。じゃあ、答えは何かか。それは勿論、彼の趣味である紳士の嗜み、ゲームである。


 ちなみに、紳士の嗜みと言っていたのは彼自身が、ある人物に対して言った言い訳である。それを聞いた人物は、とんでもないあきれ顔をしていたのを私は忘れない。


 さて、私は先ほど趣味と言ったが、彼にとってはゲームは本気で取り組んでいる趣味だ。だからこそ、いつもゲームをする時は真剣で誰よりも楽しそうな顔をしている。実は、彼の顔を見れるのが嬉しかったりする


 その顔を、彼の膝の上という特等席で見れるのは、私の特権の一つだ。この特等席を羨ましがっている人物が居るが、私としてはいくら彼女の頼みでも譲れないものの一つである。


 そして、今日も私はその特等席でくつろぎながら、ああいい天気だなとまるで縁側でゆっくりとする老人のようにほのぼのとしている。


 さっきは散歩日和などと言ったが、普段はこの時間に居ないこの部屋の主が居るというのであれば、私にとっては散歩をしている場合などではないのである。それに、散歩なら、昨日彼女と一緒に近くにコンビニまで散歩をしたばかりなので事足りている。


 彼は膝の上に居る私などに気にもしていない。それほどまでに集中している。世の中は大型連休に突入している。それゆえ、彼は昨日から始まった大型連休からほとんど寝ずに活動している。この大型連休を楽しみにし過ぎて、カレンダーでその日を見るたびに気持ち悪いと言ってはいけないが、いや、やはり気持ち悪い笑みを浮かべていたので、待ちに待った日が来たのだからはしゃいでいる。


 まあ私としても、彼らが居てくれるだけで嬉しいのでこの大型連休には感謝している。しかし、帰宅部である彼と違って彼女は部活に所属しているため、今日は午前中から練習があるらしく、朝早くに出ていってしまい、私は彼女を見送って彼の元へと来た。そう思うと、彼が帰宅部で良かった。


 一区切りついたのか、彼は私を持ち上げると、そのままイスに下ろし、部屋から出ていったかと思うと、手にカップラーメンを持って帰って来た。それは、彼にとっての主食であり、貴重な栄養源だ。ふむ、今日は味噌か。昨日は醤油だったから、明日は塩かもしれない。


 おそらく三分が経ち、蓋をぺりぺりと剥がしていき、なんとも堪らない匂いが私の鼻を刺激する。くっ、先ほど食事を済ませた私ではあるが、お腹が反応してしまう。


 箸で麺をつまみ、今まさに最高の時間を堪能するまさにその時、まるで計ったかのように部屋の扉が開く。


 いきなり扉が開いた事に驚いて体がビクッと反応してしまう。それは、麺を啜っている彼も同様だった。


 私と彼を驚かせたその人物は、何の躊躇もなく部屋の中へと入って来る。


「はあーーーー。やっぱり、今日もそういうの食べているんだ。陽太郎は」


 部屋に入って来た彼女は彼が食べている物を見ると、深く、それはもう深いため息を吐くと、やれやれと言わんばかりに言う。


「べ、別に俺が何を食べようがいいだろうが。それよりも、ノックも無しにいきなり部屋に入って来るなよ、雪音」

「今更でしょ。それよりも、はい」


 彼の抗議にもどこ吹く風という感じに流すと、彼女は手提げのバッグから布に包まれた物を彼に差し出す。


「これは?」

「お弁当だけど」

「なんで?」

「お昼に食べようって作ったんだけど、午後連がなくなったから」

「いや、ならお前が食べれば良くないか?」

「いいから!」


 そう言って無理矢理彼に渡す。


「じゃあ、これはどうすればいいんだよ」

 

 視線の先にはカップラーメン味噌がある。


「私が美味しくいただく!」


 そこからの行動は早かった。彼女は机の上にあるカップラーメンを手に取ると、そ麺を啜り始める。その一連の動作の流れをただ見ているしか出来なかった私たちは呆気に取られた。


「お、俺のカップ麺が……」

「大丈夫。私のお弁当も美味しいから。偶には、バランスの良い食事もした方がいいからね」

「それはそう……いや、待て。お前がそれを食べたかっただけだろ」

「…………チガウヨ」

「なんだ、その間は」

「そんな事よりも、早くお弁当食べてみてよ! 今日のも自信作ばっかりだから!」


 勢いで誤魔化そうとしているが、その勢いに抗う事が出来ずに彼は包みを開ける。お弁当は長方形のお弁当で、蓋を外すと中は、半分はごま塩が振り掛けられたお米、そして、もう半分には卵焼き、ブロッコリー、そしてミニハンバーグまである。


 うむ、腹が鳴ってしまう。


「ほらほら、早く」

「そんな急かさなくてもいいだろうが」

「いいから」

 

 彼は迷った末に、ミニハンバーグを箸でつまむと、それを口に入れる


「うま」


 その短い言葉に彼女は嬉しそうに顔を綻ばせる。


「でしょ。朝早く起きて頑張ったからね」

「これ、手作りか?」

「当たり前。ほら、次は卵焼きも食べてよ」

「お、おう」


 促されるまま、卵焼きも食す。美味しいかどうかは彼の顔を見れば一目瞭然だった。そして、その反応を見て彼女は満足そうな顔をしている。


 もしかして、この為の弁当を? いや、流石にそれは勘ぐり過ぎかもしれない。


 そんな私の主人たちこと黒地陽太郎と天白雪音の二人を見る。しかし、やはりお腹が反応してしまう。


 私のお腹の音が聞こえたのか、雪音が私を見る。腹の音を聞かれてしまったのか、恥ずかしい。


「ごめんね、グレ。陽太郎があまりにも私のお弁当を美味しそうに食べるからお腹空いちゃったね」

「関係ないだろ、絶対」

「そんな事ないでしょ」

「いや、ないね」

「はいはい」


 くっ、違う意味でお腹がいっぱいになってしまう。


「実は、帰りがけに買ってきたんだけど」


 そう言って彼女は何かを取り出し、パッケージを破ると中に入っている物を差し出してくる。それは、なんともいい匂いがする。


 私は本能に従ってパクリと食いつく。


 う、う、うまい!!!


「良かった。口に合ったみたいだね」

「なんだ、それ?」

「新商品の猫のおやつ」

「またグレが太るぞ」


 し、し、失礼な! 私は決して太ってなどいない! そう、断じて!


「大丈夫。カロリーオフだから」


 じゃあ、安心! 私はパクパクとそれを食す。私のそんな姿を見て二人は笑い合っている。


 横目にその姿を見て、今日もいい日だと心の中で呟くのであった。


 

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