第7話
黄金で装飾された宮殿の一室にて。
円形のテーブルを囲む十席の玉座。
そのうち4つの席に既に座る者たちがいた。
「ねえ、アーバ。今年こそはうちらが勝つよ」
目元に鱗を携え、瞳孔は縦に。
頭蓋から突き出た二本の角は鋭利でいて美しい。
臀部で揺れ動く長大な尻尾は鋼のような強さを秘めている。
彼女の名はメイデン・モルティ・フロイライン。
第二位、
「ふん……」
一方、腕組をして瞑想する壮麗な男は一見すると人間のような見た目をしている。
しかし、内なる力が破壊の限りを尽くす凶暴性は隠しきれず。
一切の感情を読み取らせないその姿はまさに絶対王者。
第一位の席、入り口を南方向に北に座する男の名はアーバ・トゥリー・ケイリックス。
これら二人を憎々しげに俯瞰する者もいた。
中途半端な順位で4位以上に上がれたことがない民に怒りを。
そして生来強大な力を有する彼らへの嫉妬心。
さらに堂々と発言できない己への怒りも相まって。
彼は豊富な毛を逆立て、額に青筋を立てる。
第七位、
獣王ゴルト・メタッロ・プレツィオーソがそこに。
最後に髪のない頭を俯かせ早く終わることだけ祈る年齢以上に老けた男。
人間の王。
もはや勝利は諦め、残る数少ない財産を守ろうとするだけの老害。
自尊心は捨ててしまった情けない姿に他の王も呆れるばかり。
人間が勝ち上がる未来が見えぬのも当然かもしれない。
カツカツカツ
コツコツコツ
外からまた王がやってくる。
会場は異様な雰囲気に包まれ、しんと静まり返る。
今年も彼らは自分たちが優秀であることを認める大会に向けて。
余裕の笑みも絶やさない。
♢♢♢
「おい、ふざけんなてめえ!」
「あはははははっ! 楽しいじゃないか、ええっ? アゲリア!」
二人の青年が鋼の構造物の上を滑走したり飛び回っていた。
一方は反抗期盛りのような反応で、他方は天真爛漫な笑みで空中をくるりくるりとスケート選手のように回転ジャンプを繰り返す。
そして、遙か後方で二人を追いかける鈍足の者たち。
目元は亀のような紋様で腹部は甲羅で覆われている。
彼らは怒り狂った表情で捕まえようとしてきていた。
事は遡ること数十時間前────。
「起きたかい?」
グノスィは気絶していた青年を覗き込んでいた。
「ッッッ!」
立ち上がろうとすると青年は頭に痛みを感じた。
「結構な勢いで飛ばしたからね。どっかぶつけたかも?」
腰を落ち着け、アゲリアは深く呼吸をする。
「俺が……負けた?」
頭では理解しているが受け入れられないという表情だ。
今まで負けたことなど一度たりとも無かったのだろう。
虚空を眺めて呆然としている。
「そう。だから君は私の仲間だ。それより予選まであまり時間がない。歩きながらこれからのことを説明しよう」
「あ?」
「は・や・く」
「ちょ、おい!」
急な展開に付いていくのが精一杯の様子でアゲリアは慌てて動く。
「先程の闘いから君の弱点ははっきりした。一つは短気であること。挑発に弱すぎる」
「……」
「二つ目に小細工を使わないこと。これはやれとは言わないけど勝ちたいなら視野に入れないといけない」
「はっ、てめえは小細工すら使ってなかったくせによく言うぜ」
投げやりな言葉は今の彼の精神状態を表しているよう。
だがそれすらも青年は一蹴する。
「使う必要がなかったからね」
「ちっ……嫌味な野郎だ」
「まあね。それはそうと……」
二人は見覚えのある場所にやってきた。
そこはグノスィが初めて声をかけられた場所。
タンジーの住む家であった。
「タン爺さん、居るか?」
扉をノックすること数回。
「はいはい」と、奥から人影が現れる。
「グノスィか、あれだな?」
「ああ、用意できてるか?」
「あたぼーよ。ちゃんと報酬から二割だからな」
「わかってるよ」
実はグノスィは昨夜ある約束を取り交わしていた。
それはアゲリアの性格から類推し、その欠点を補うためのもの。
しかしそれは直接的ではなく間接的なものであり。
今から行うことへの補助となり得る道具だった。
タンジーがグノスィへ渡したものは小瓶。
すぐにそれをポケットに突っ込み、しまう。
「上手くやれよ?」
「わかってる。行ってきます」
「ああ、いってらっしゃい」
背を向けて彼らは宙へと駆け出す。
その姿は天女が月へ帰る様子のようだった。
──おお。
驚嘆という単純な感情であるが、上から見た景色は格別だった。
都会から見たスラム街とは異なり。
自分たちが居た場所から見えるものは負から正へと変わるもの。
真逆の感情を抱くのも無理はなかった。
「こっからどこ行くんだよ?」
宙を蹴りながらアゲリアが問う。
「そんなの決まってる。今見えている街だよ」
声を上擦らせながらグノスィは答える。
これからは時間が瞬く間に過ぎ去っていくことだろう。
子供は早く大人になりたいと言う。
大人は子供の頃に戻りたいと言う。
時間の流れとともに逆転する思考は知り過ぎによるものだ。
──だけど、今だからわかる。この世界を私は知りたいのだと!
風が顔に吹き付く度に彼は爽快な気分を味わう。
ますます地上が近づいていることに気がつきながらも、彼らの足は止まらない。
ざわざわ
ざわざわ
「あれって劣等種か?」
「奴隷って様子じゃないよな」
「何だ何だ?」
高層の建物を背景に、遠巻きに見ている者たちがいた。
彼らは多種多様で
(当たり前だが歓迎はされていないな)
「おいおい、劣等種が何のようだ? ここはてめえみてえな雑魚が居て良い場所じゃねえぞ?」
見下ろすようにして
「それはこちらのセリフだが?」
挑発するようにグノスィは不敵に笑い、早速飛び出しそうなアゲリアを右手で制す。
それに対してこめかみに切れ込みを入れて苛立たしげに男は指をボキボキと鳴らす。
早く目的を達成したいグノスィにとっては目の上のたんこぶであった。
ため息をついて面倒事は避けられないと悟る。
「丁度いい。じゃあ腕相撲でもしようか? 俺が負けたら黙ってこの地を去ってやる。だが、お前が負けたときは有金全部出してもらおうか」
そう言った途端、男は大声で笑い始めた。
釣られて周りの住民も馬鹿にしたように笑う。
「何がおかしい…………っ!」
アゲリアが怒鳴るが彼らが笑いを止めることはない。
むしろさらに助長させたまである。
「クックックックックッ。何がおかしいかって? そんなことも知らねえのかよ、劣等種は。教えてやるよ。わざわざ腕力で種族別3位の
囃し立てる
だがこういう場所で勝ったときが一番気持ちいいのだ。
相手が強敵だとしてもだ。
近くのレストランに付属していたテーブルが石畳に布を敷いた上に置かれる。
「能力はありでいいな?」
「あんな猪口才な能力使ったところでお前らに勝ち目はねえよ」
鼻で笑う男はバフラというらしい。
どうでもいいが。
どうせすぐに忘れるやつのことだ。
「金を先に出せ。負け逃げされたら敵わないからな」
「はっ、万が一にもねえが言う通りにしてやるよ」
どんっ、と背中の鞄から地面に札束を積み上げるバフラ。
数十センチの札束が二つとかなり多いのではと窺われる。
「さあ大恥掻いて逃げ出すなら今の内だぜ?」
「減らず口を……」
周りでは賭けが始まっているがオッズはバフラの方に偏っているが、酔狂な輩はグノスィへ金を積んでいる。
それも賭けを成立させるためのものであるようで勝つとは微塵も思っていないという表情だ。
「よく見ておきな、アゲリア。小細工っていうのはこうやるんだよ。【一の法・飛脚の導】」
「……まだ何もしてねえじゃねえか」
「これからだよ」
虚法は未だ二つしか知らない。
というより使えないと言った方が正しいだろうか。
詳細は不明だがこれにもステージがあるようだ。
だから新たな技は使えない。
それにこれは一の法の発展だから。
「【全体強化・
彼は両足を地面に叩きつける。
すると石畳はひび割れ、足が地面に陥没する。
「おお……」
僅かに感嘆の声を漏らすものの声もありつつ。
彼の光は足全体から体表全体へ広がる。
光が出口を求める性質を利用した最大限の強化。
それが天邪鬼の正体だった。
「さ、やろうか」
爽やかに言い放ったグノスィの言葉にやや
小さく舌打ちをして腕を台に乗せる。
グノスィは太さは明らかに劣るが長さは結構なものがあったため、腕を組むことができた。
審判代わりとしてレストランのオーナーが出張る。
大通りはいよいよ大盛り上がり。
「審判役を務めさせてもらう、ダレンだ。今ならキンキンに冷えたビールも売ってるぞ!」
「「おおおおお!」」
しっかりと宣伝もこなしながら彼は声を張り上げる。
「ルールは単純! 相手の甲が先にテーブルに付いた方が負けだ! 肘は浮かせるなよ! 能力ありの力勝負。それでは────」
彼の言葉とともに二人の手に力が入る。
その上に乗せられた審判の手が今、持ち上がる。
「始めっ!!」
開始と同時に腕、肩、腰、足先まで余すところなく力が入る。
それは技術であり、容易に真似できるものではなかった。
「今日の飯代かかってんだぞ! 勝ってくれよ!」
「意外と良い勝負じゃねえか。こりゃどっちが勝つか分かんねえな!」
腕相撲は精神的な勝負だ。
一方が力を抜けばあっという間に形勢は逆転する。
耐えて、耐えて、耐えて。
最後まで力を籠められる方に勝利の女神は微笑む。
この時、勝負はややバフラに傾いていた。
──能力ありでもここまで押されるか。しかもこれで三位とは。
内心驚きと焦りを
「ふんぬぬぬぬぬ…………っ!」
「ぐっっっ!」
両者の顔は酸素不足で赤くなり、グノスィの手は下がってきた。
──本で読んだことがあったな。
苦境の中、グノスィは一人記憶の海へ沈んでいた。
本に囲まれた静かな場所で、読んだ本。
タイトルは思い出せないが、確かその本によると──
カッと目を見開くグノスィ。
(負けるんじゃねぞ……)
グノスィの勝ちを求めるアゼリア。
その時、バフラは見ていた。グノスィの瞳を。
決して闘志が薄れることのない瞳を。
そして形勢が逆転する。
僅かに力を緩めてしまったバフラをグノスィは見逃さず。
手首を返して反対側まで強引に手の甲を付けさせた。
一瞬の静寂のあと、
「「「「「オオオオオ!」」」」」
広場は大歓声に包まれる。
ここに、種族の違いなど見られなかった。
スポーツマンシップの精神は全員が持ち合わせているようで。
二人は固い握手を交わして手を高く上げる。
その様子はかつての人間同士の世界大会を想起させる、美しい風景であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます