第十一幕:若狐の社交デビュー

週末は若狐たちのために

 週末の昼下がり。源吾郎は港町の遊戯施設の中にいた。遊戯と言ってもゲームセンターやカラオケなどが混在しているだけに過ぎない。それこそ、子供や若いカップル、家族連れなども遊びに来るような、いたって健全な場所だった。

 ちなみに源吾郎はそんな遊び場にたった一人で来ていたわけでは無い。若い妖狐の青年たちと一緒だった。ついでに言えば彼らは萩尾丸の部下である。もちろんというべきか、源吾郎と比較的親しかった野柴珠彦や豊田文明も一緒だった。

 一行はしばし遊び戯れていたのだが、それにも少し疲れたので、小休止がてらに飲食コーナーに立ち寄り、しばし飲食を楽しんでいたのだ。実のところ、この展開は源吾郎にしても有難い事であった。仲間たちに付き合ってゲームやカラオケを行い続けるには、源吾郎の懐具合はいささか寂しかったからだ。

 源吾郎は確かに大妖怪の子孫、それも三大悪妖怪として名高い玉藻御前の曾孫ではある。しかし彼の社会的なステータスは平社員に過ぎず、従って手取り額も相応の物だった。先輩格に当たる若狐たちは、源吾郎を気遣って奢ってやると言ってくれたのだが、源吾郎は気持ちだけ受け取る事にしていた。大妖怪の血を引くという矜持ゆえの事だ。

 とりあえずダラダラ食べてダラダラ飲んで時間を潰すのもアリかも。そんな事を思いながら、源吾郎は注文した唐揚げをつまんでいた。その横にはポテトフライのカップもある。唐揚げ程度ならばもはや自分で作れるようになっている源吾郎ではある。だが時にはこうして出来合いの物を食べるのも悪くないと思っていた。


「それにしても島崎君。俺らと一緒に遊びたいって言うなんて、とっても珍しいっすよー」


 おどけた調子で言うのは、二尾を具える珠彦だった。彼は笑いながら源吾郎のポテトフライの手を伸ばした。源吾郎はだから、ポテトのカップを取りやすい位置に動かしてやった。唐揚げはともかくとして、ポテトに関しては他の仲間がこうして食べる事を見越していた。見越したうえで注文していたのだ。

 そりゃあそうさ。源吾郎はそう言ってにやりと笑う。獣の笑みを意識していた。


「半妖だとか人間の血が混ざってるだとかってみんなは思うかもしれないけれど、俺とて妖狐の端くれなんだ。最近はタマたちとは少し距離が出来ちゃったし、でもそのままじゃあいけないなって思って……」


 説明が進むにつれて、源吾郎の顔からは笑みが消えていた。何故一緒に遊んでいるのか説明せねばならない。しかし遊びの場だから堅苦しい内容は相応しくなかろう。そんな二つの考えに挟まれ、源吾郎はしばし言葉を詰まらせたのだ。


「半妖なんて言うのはしゃあないやん。生まれなんてのは変える事もできないんだからさ。てかさ、そんだけ強かったら半妖って言っても誰も信じないと思うぜ?」


 妖狐の少年がそう言って、周囲はどっと笑いに包まれた。まるで源吾郎が半妖であろうと純血の妖狐であろうとどちらでも良いという物言いではないか。半妖である事が時々コンプレックスになる源吾郎は、呆気に取られていた。

 だがすぐに、横にいる文明が口を開いた。抜け目なく唐揚げを失敬したようだったが、源吾郎は敢えて見ないふりをした。


「まぁ確かに、前よりも俺らと距離が出来た事にゃあ変わりないよな。ここ二ヶ月くらいさ、戦闘訓練とかで俺らが来た時も、俺たちよりも雷園寺のボンボンと一緒にいる事が多いじゃないか」


 文明の言葉を皮切りに、他の妖狐たちも頷きながら言葉を紡ぐ。


「一緒というよりもむしろべったりくっついてるって感じがしたけどな、俺は」

「そう思うと島崎君も凄いっすね。雷園寺君って言えば、島崎君も仕事中にパワハラまがいの事を受けたんすよね。それでも仲良くなったなんて……」


 源吾郎と雪羽が友達同士になっている事は、ここにいる妖狐らには周知の事実である。彼らも時々戦闘訓練の見学のために、研究センターに連行されているのだから。そして雪羽は、若妖狐たちが見ている事などお構いなしに、源吾郎の傍にすり寄るのが常だった。源吾郎も無碍に追い払う事は無いから、確かにべったりしているように見えるだろう。源吾郎にしてみても、甘えん坊な仔猫に頼られているような気がして満更でも無かった。

 源吾郎が雪羽と仲良くしている。その事実を口にした若狐たちの表情は、濃い驚きで彩られているようだった。信じられない事だ。口には出さねどもそう思っているであろう事は源吾郎もうっすらと察してしまった位だ。

 だがそれも致し方ない事なのかもしれない。雪羽は確かに源吾郎に打ち解けていた。だが萩尾丸の部下である若狐たちにはほとんど関心を示さず、雪羽の方から働きかける事はまずなかった。若狐たちも若狐たちで、遠巻きに雪羽の様子をうかがうだけであったし。

 実のところ、源吾郎もそれほど若狐たちと親しいわけでは無い。しかし雪羽と若狐たちとの間に距離があるのを見ると、他妖事ひとごとながらも何とも言えない気持ちになってしまうのだった。


「まぁ確かに、グラスタワー事件の時は俺も腹立たしい気分になったさ。だけど、雷園寺君も本当は結構良いやつだからさ……」


 皆も仲良くしてみたらどう? 思わず飛び出しかけたその言葉を源吾郎はぐっと飲みこんだ。若い妖狐たちが、若妖怪の多くが雪羽に恐れをなしている事を源吾郎はうっすらと知っていたためだ。

 それは雪羽が、元々からして素行の悪い少年だった事も起因しているだろう。だがそれ以上に、雪羽が保有する膨大な妖力や妖気に若妖怪たちは委縮しているのだ。最近になって源吾郎はその事に気付いたのだ。妖術がほとんど使えない雪羽は、本性が気付かれても問題のない場所では妖気を垂れ流しているのが常なのだ。

 ちなみに源吾郎も雪羽の放つ妖気には気付いている。ああ、妖気を放出しているんだなと思う程度であるが。そんな風に感じられる事もまた、源吾郎が普通の若妖怪から逸脱しているという証拠にもなる訳だった。そもそも源吾郎は、四半世紀も生きていないにもかかわらず四尾なのだから。


「みんなは雷園寺君の事を怒りっぽい暴れん坊だと思ってるんでしょ。まぁ実際その通りかもしれないけれど……あいつは立派な戦士だと俺は思ってる。それだけじゃない。上に立つ素養だって、俺以上にあるかもしれない」


 押しつけがましくならぬように気を配りつつ、源吾郎はそれでも雪羽の良い所を若妖狐たちに告げた。物理的な戦闘能力の高さよりも、雪羽の精神性に源吾郎は一目を置いていた。弟妹達のために雷園寺家の次期当主に返り咲く。雪羽が次期当主の座を目指すのは他者の為だったのだ。私利私欲で野望を抱いた自分とはえらい違いではないか、と源吾郎は常々思っていた。

 若妖狐たちは、源吾郎の言葉を受けてしばしざわついていた。世辞ではなく本心で言っていると気付いたから、尚更面白がってああだこうだ良いっているのかもしれなかった。


「島崎君。そんなに雷園寺君の事を大事に思っているんだったら、それこそあいつと遊んだほうが楽しいんじゃないのかい?」


 ごく自然に飛び出してきたその言葉に、源吾郎は笑いながら首を振った。


「雷園寺君と遊ぶってのは考えてなかったなぁ。あいつも週末は忙しいし、何より仕事でずっと顔を合わせているから……」


 源吾郎のこの言葉もまた本心からの物である。雪羽が今忙しい身分である事はまごう事なき事実である。萩尾丸の許で再教育中というのもあるのだが、三國夫妻の許には双子の赤ん坊もいる。週末ごとに三國の家に戻される雪羽も、兄として赤ん坊たちの面倒を見ているのだというからもちろん忙しいわけだ。

 それに源吾郎も雪羽も、休日にわざわざ会って遊ぼうという事はあまり考えていなかった。それは同じ職場でずっと顔を合わせているからなのだろうと源吾郎は考えていた。時には休憩時間にじゃれあって過ごす事もあるし、互いの事もその間に話したりする訳なのだから。


「なぁみんな、雷園寺君の話はこれくらいでいいだろ? 俺は今日であるみんなと親交を深めたかっただけだし、いないひとの話をあれこれするのも野暮だろうからさ」


 源吾郎はそう言ってから、カップの中にあるポテトを二本ばかりつまみ上げて口に含んだ。思っていた以上に目減りが早いが、ポテトを咀嚼している間にそれもまた些事であるように思えた。


「はははっ。島崎君が何で急に俺たちと遊びたくなったか、それは大体見当はついていたんだよ」


 源吾郎の言葉に、明るい茶髪の妖狐が笑う。確か仲間内では拓馬と呼ばれていたはずだ。戦闘訓練の折に直接話す事は殆ど無いが、源吾郎は彼の事を半ば一方的に知っていた。拓馬は玉藻御前の末裔を名乗る妖狐の一人だったからだ。

 萩尾丸はマメな性格なので、妖狐の部下たちの中で誰が玉藻御前の末裔を名乗っているのかいちいち教えてくれるのである。


「あれだろ。今度参加する俺たちの会合に、裏初午に島崎君も初めて顔を出すんでしょ。それで、お狐様たちとも交流を深めておこうって焦ったんじゃないの?」

「む……う、うん」


 半ば恥じらいながら源吾郎が頷くと、拓馬は目を細めて微笑んだ。何処となく線の細いイケメン風の彼の笑顔は、源吾郎にとっては何処かむず痒い物だった。


「島崎君ってば雉仙女様とか萩尾丸様の許で修行をしてて、ついでに雷獣の雷園寺君とも仲良くなってるからさ、あんまりそんな所は気にしてないのかなって思っていたけれど……」

「そうは言っても俺だって妖狐だぜ。だからまぁ、妖狐仲間である君らとも仲良くしたいと思ってるしさ」

「ま、まぁそんなに緊張しなくても大丈夫っしょ」


 思いつめたように見えたのか、文明がそう言って明るく笑った。


「俺は玉藻御前の末裔を名乗っていないから外様かもしれないけどさ、穂谷先輩が島崎君に一目を置いているのは俺らだって知ってるんだぜ。あのひとは俺らのまとめ役だし、真面目なひとだからなぁ……」

「それに穂谷さんだって玉藻御前の末裔を名乗ってるし。ははは、島崎君はむしろ俺らよりも穂谷さんとか米田さんとくっついていた方が嬉しいんじゃないのかい。俺らと違って意識高そうだし」

「ちょ、ちょっと。何でここで米田さんの名前が出てくるんだよ!」


 米田さん、という名に源吾郎が反応したのを見届けるや、若妖狐たちの中でどっと笑いが沸き上がった。もしかしたら、拓馬はやや年長で優秀な妖狐として米田さんの名を挙げただけだったのかもしれない。

 しかしこの源吾郎のリアクションで、米田さんをどう思っているのか皆に知られる事となってしまったのだった。

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