第37話:修行第一段階
「よいしょっと!」
誇誉愛先輩はレイヤーを操作すると道場の一辺に直方体の箱を等間隔に生成した。
直方体の大きさはティッシュペーパーの箱ほどで、感覚は大体1メートルくらいと言ったところだろう。箱はざっと10個ほど置かれている。
「識力のトレーニングはこれが一番手っ取り早いんだよね。やり方は簡単。柃君は右から順番に一つずつ箱を霊気で飛ばしていく。同時に複数個飛ばしたら、そこで終了。30秒以内に全ての箱を倒すこと。連続5回クリアで次の特訓に移行するよ」
ルールは簡単そうだ。1メートルも離れているのであれば同時に複数個倒れることなんてないとは思うが。
「じゃあ始めるよ。柃君は一番向こうまで下がって」
「一番向こうですか!?」
確かにもう一辺は20メートルくらい離れているため、そこから箱を狙うとなると難易度は高いかもしれない。
誇誉愛先輩に言われた通り、端まで歩いていく。先ほどまではっきりと見えていた箱はかなり小さく見える。流石は誇誉愛先輩が用意したトレーニング。そう簡単には達成させてくれない。
「時間もない。最初のうちはかなり苦戦すると思うからね。じゃあ、いくよ!」
誇誉愛先輩は大きなパブリックレイヤーを展開する。レイヤーには30秒を示す時間が記載されており、残り何秒か視覚的にわかるようにしてくれた。
「じゃあ、用意スタート!」
掛け声と同時にレイヤーに記された数字が減少していく。俺はすぐさま右手の人差し指と中指をたて、右端の箱へと向ける。霊力を最小限に抑え、すぐに発射させた。
霊力は見事に箱にヒットする。しかし、隣はおろか合計5つの箱がその場に倒れた。
これはかなり難しいな。
改めて、自分が全く霊気を操ることができていないことがわかった。
「失敗だね。どんどん行くよ。まずは数をこなして、霊気の使い方を体感的に掴んでいこう」
誇誉愛先輩は目の前のレイヤーを操作する。すると、倒れていた箱が元の位置へと戻っていった。
「それじゃあ、行くよ」
先ほどの力で5つの箱を倒してしまった。さらに霊気を小さくする必要がある。そのためには指先の感覚を研ぎ澄ませ、霊気を放出する必要がありそうだ。
再び、指先に神経を研ぎ澄ませ、霊気を操る。
「用意スタート!」
誇誉愛先輩が声をかけたところで一気に放出した。
先ほどと同じように霊気は右端の箱にヒットする。しかし、今回もまた隣の箱が倒れていった。だが、その数は4つだ。
「いいね、いいね! その調子!」
誇誉愛先輩は陽気に叫びながら、レイヤーを操作し、箱を元に戻す。
本来は喜ぶべきところなのだろうが、俺としては危機的状況にある。先ほどの攻撃でも自分の中ではかなりの労力を使って、神経を研ぎ澄ました。それでもまだ4つの箱を倒してしまったのだ。どのようにすれば残り4つを倒さずに済ませられるのか。
「誇誉愛先輩!」
俺は声をあげ、誇誉愛先輩を呼んだ。
「ほいほーい」
「その……一度見本を見せてもらってもいいですか? 誇誉愛先輩ならどのようにするのか気になるので」
「いいよ」
誇誉愛先輩はそういうと俺のところまでやって来る。
「いいよと言ってみたものの、多分あんまり参考にならないと思うよ」
「でも、もしかすると何かしらのヒントがあるかもしれないので」
「了解。じゃあ、とっとと始めちゃおうか」
そういうと誇誉愛先輩は手を挙げる。目を瞑ると体の霊気が湧き上がっていく。
「よーいスタート!」
誇誉愛先輩は挙げた手を前にかざすと俺と同様、人差し指と中指をたてた。すると、箱が不意に倒れる。俺には誇誉愛先輩が霊気を放出したことがわからなかった。
驚いていると間髪入れずに隣の箱が倒れていく。箱は次々と倒れ、気がつけば最後の一個も吹き飛んでいった。タイムを見ると残り時間は25秒となっていた。
一つ0.5秒のペースで箱を倒していったのか。こんなにたやすくクリアするなんて流石は誇誉愛先輩としか思えなかった。
「どう、参考になった?」
「難しいところですね。ひとまず分かったのは、一つを倒してもあと9個同じ動作を繰り返さなければならないというのは地獄だなと」
誇誉愛先輩の動作を見て分かったことはこのトレーニングには三つの試練がある。
一つ目が、現在絶賛苦戦中の箱を1つだけ飛ばすということ。識力をうまく扱えなければ、達成はしえない。たとえ達成できたとしても二つ目の試練が待ち受けている。
二つ目はその識力を保ったまま残り9個を打ち抜かなければいけないのだ。そこまで集中力が持つかと言われれば、微妙なところだろう。
そして、3つ目がそれらを30秒のうちに終わらせなければいけないということだ。誇誉愛先輩は簡単にやってのけたが、狙いを定めて1つのみを打ち抜くための持ち時は単純計算で3秒というのは圧倒的に時間が足りない。
「ははは。まあ、最初のうちはかなり苦戦するはずだよ。とてもじゃないけど、一日とかで達成するのは難しいんじゃないかな」
「誇誉愛先輩はどれくらいかかったんですか」
「んー、学校通いながらで途切れ途切れだったから、正確にはわからないけど、三日はかかったよ」
学校に通いながら三日なら時間的には一日でできたくらいか。流石としか言いようがない。
「とはいえ、私の場合は道場を逆に使って、20個の箱を30秒で打ち抜くという感じだったからトレーニング内容が少し違うんだけどね」
「流石ですね……」
「ありがとう。というわけで続きを始めよっか」
「はい……」
まだまだトレーニングは始まったばかりだ。
改めて気合を入れて、俺たちはトレーニングを続けた。
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