第36話:次のステップ

 ここは高層ビルの最上階。

 スーツ姿の男は外に映る世界を堪能しながらコーヒーをすすった。

 彼の投影しているレイヤーにはメタ・アースで大量虐殺が起こったことを知らせるニュースが写っている。


 そのニュースを嫌悪感を抱くことなく、すました表情で見ていた。

 実際に死人が出たわけではないのに何を騒ぐことがあるのかと思っているのだろう。

 レイヤーを見ていると一件のメッセージが入る。


『そちらに伺ってもよろしいでしょうか?』


 メッセージに対し、承諾をするとレイヤーを閉じ、自分の席へと腰をかけた。

 コーヒーを置くとちょうど三人の人影が机を挟んで彼の前へと現れる。


「ご苦労だった。計画は順調そうだね」


 彼は不敵な笑みを浮かべ、前にいる三人の鬼面に向けて労う。


「はい。第一の計画に関しては完遂したと見て良いでしょう。今は第二の計画に順次写っております」

「わかった。そういえば、私の作った仮想空間が一つ消滅したみたいだが、何かあったのか?」

「そのことについてなのですが、主人と同じく『危険因子』となり得る少年を発見いたしました」


「ほう。まさか、計画前に割り出せてしまうとはな。それであれば仮想空間の消滅は仕方がない。その少年の情報をあとで私にくれたまえ」

「かしこまりました。計画の方はこのまま進めてしまってもよろしいでしょうか?」

「構わん。今回の件で再生者となった人間から『危険因子』を探す。危険因子でないものは雇い、まだ再生者となっていない人間を再生者と仕立て上げる。これほどの素晴らしい力は全員が有する権利があるからな」


「承知いたしました。では、このまま計画を進めていきます」

「頼んだよ」


 三人は主人と呼ばれる彼に向けて一礼をするとリープ機能で静かに去っていった。

 彼らを見送ると椅子を半回転させ、再び街の景色を見る。

 今までのメタ・アースとはまた違う世界がこれから始まる。全ての人間は自分に特別な力があると思いたい。それを自分が叶えてやるのだ。


 なぜなら、自分こそがこの世界の神に等しい存在なのだから。


 景色に目を凝らしていると再びメッセージが飛んでくる。先ほど話していた『危険因子』の情報が彼宛に届いていた。

 レイヤーを開き、確認する。


「結城 柃。特別公務課の人間か。少し厄介な相手が紛れ込んでしまったみたいだな」


 男はレイヤーを閉じると席を立ち上がる。厄介と言いながらも彼の頬は緩んでいた。自分と対等の力を持つ人間が現れたことを嬉しく思っているみたいだった。


 ****


 東から日が登り始めて間もない頃。俺は誇誉愛先輩の指示でメタ・アースの未開発地帯へと足を運んでいた。

 昨日と同じく周りが森林に囲まれた小さな戸建てを訪問する。


 心地いい風が吹き荒れ、新鮮な空気が巡回し、身体が研ぎ澄まされる。

 戸建てに入ると道場のように一室なっている。その恥の方に誇誉愛先輩はいた。

 道着を着て、髪をポニーテールに結んでいる。


 座禅をし、精神統一をしているようだ。彼女の目の前には神棚が建てられている。


 気合を入れて、集合時間の一時間前には来たのだが、それよりも早い時間帯から誇誉愛先輩はメタ・アースにログインしているようだった。


「来たわね」


 座禅をしながら、顔だけこちらに向ける。


「いつもこんな時間からログインしているんですか?」

「まあね。私の毎日のルーティンだからね」

「ここは誇誉愛先輩の私有地なんですか」

「正確には私のおじいちゃんのだけどね」


 誇誉愛先輩は目の前の神棚へと目を向けた。瞳を輝かせ元気な様子の中にほんの少し儚げさが募っている。彼女のおじいさんは今はどうしているのか。それは彼女の表情を見ればなんとなくわかった。


「じゃあ、早速始めようか。できる限り早めに修行を終わらせて、柃君を特別公務課の戦力にしたいからね」

「お願いします」

「昨日のニュースを見て推察はできると思うけれど、できる限り邪念は捨てて、自分のことだけに集中して。そのため、レイヤー通知はオフ。外界からの情報はできる限り遮断して。レイヤー展開も私が許可するまでは禁止。もし、使おうものならお仕置きが待っているからね。私のお仕置きは普通に死ぬよりも辛いから覚悟しておくこと」


 普通に死ぬよりも辛いってどんなお仕置きだよ。一度死んだことがあるからこそ、考えただけで背筋が凍るほどゾッとする。


「それでは、初めて行こうかしら」


 そう言うと、誇誉愛先輩は道場一式に霊力を展開させる。


「これで思う存分、霊気を放出しても構わないわ」

「でも、いいんですか? 俺、結構危険なんですよね」

「気にしなくていいわ。私もそんじょそこらの再生者とは格が違うから。多分、本気を出せば柃君に攻撃が届くくらいの霊力は展開できる」


 攻撃が届くか。そういえば、今まで戦ってきた再生者の人たちは俺に一撃も与えることができていないのか。そう考えると俺の力って本当にすごいんだな。


「わかりました。よろしくお願いします」

「では、まず柃君には識力を高める修行から始めましょうか」


 こうして、俺と誇誉愛先輩との修行が幕を開けた。

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