第28話:誇誉愛の実力 2
建物全体が崩れ去り、全てが瓦礫と化す。
崩れ去った反動で地面の土が煙となり、あたりに散開する。
時間が経ち、土煙がなくなると一つの人影が見え始めた。
身体中に傷をつけている。だが、それは瓦礫に巻き込まれてできた傷ではなく、元々あった切り傷。白髪の男は散開した瓦礫の上を歩いていく。
少し歩くと瓦礫の山の中に、あるものが姿を見せていた。
竹刀。
刀部は粉々に砕け散っており、柄と鍔のみとなっている。
砕け散った竹は破片となり、周辺に散らばっていた。
「余裕を持ち過ぎたようだな。この状態では当の本人は跡形もないだろう」
男は微笑みながら、瓦礫の山を覗き込む。
周辺に潜む霊気は皆無。おそらくログアウトしたのだろう。これで勝敗は男の勝ちとなった。だが、気を散らしてはならない。
戦いは勝ったが、仮面を取られてしまった時点で男は身バレという最大の汚点をつけられることになった。このままリアル世界に戻っても、彼にとっては最悪の結果となるだけだ。
ならば、最後まで悪あがきをするまでだ。ログアウトしない限りは永遠にメタ・アースにいることができる。
「他の者たちの応戦に入るとでもしよう」
男はリープ機能を使うため、レイヤーを開いた。
建物が崩壊したことで、別の仮想空間につながる扉は消失した。ただ、白髪の男は自らのリープ場所にそこを選ぶことができるため問題はない。
レイヤー操作してリープ場所を選定。ボタンを押す。
その瞬間、彼はとてつもないほどの『殺気』に襲われた。
レイヤーから手を遠ざけ、反射的に体勢を落とす。すると、彼の上の方に黒色の霊気が通りゆく。
白髪の男は思わず、眉をあげた。先ほどまで全く感じることのなかった霊気が彼のあたりに濃く浸透していた。
「あんまり見縊らないで欲しいな。霊力負けしたからと言って、それがそのまま勝敗を分けるわけではないのに」
黒色の霊気が放たれた方向に目をやると一人の少女が立っていた。
瓦礫の下敷きとなっても、彼女の体の傷はほとんどなかった。表情も苦しい様子はなく、ケロッとしている。
唯一さきほどまでと違うのは彼女の体を纏った霊気だった。
灰色だった彼女の霊気の色は黒色に染まっている。
「貴様、なぜ傷を負っていない……それに、その霊気の色、何をした?」
「君と同じだよ。私の元々の霊気色は黒。ただ、あまりにも力が大きすぎるから色を薄くして質を下げているの。まあ、私の場合は通常に戻っただけで極限突破はしてないのだけど。傷を負っていない理由は霊気を薄く纏って、自分の体を守っただけ。何となく嫌な予感がしたから霊気の使い方を変えたの。まさか建物が壊れるとは予想してなかったけど。さて話は終わったかな」
誇誉愛は男の元へと歩くと、竹刀のある位置で止まる。
柄のみの状態の竹刀を片手にすると、霊気を浸透させる。割れた刀部を作るように黒色の霊気が竹刀に纏われる。
「よしっ。じゃあ、第二ラウンドと行きますか。悪いけれど、この霊気を出してしまった以上、あなたの体の保証はできないから。先に謝っておくは、ごめんなさい」
「先ほどの力を見てもなお強がるか。敵に謝罪するとは、何と愚かなやつよ」
「まあ。私もあんまり人を傷つけたくないからね。特に精神面は」
「ふっ。貴様も俺をあまり見縊らないほうがいいぞ」
男は再び赤色の霊気を展開する。凄まじい量の霊気があたりを包み込む。誇誉愛は彼の霊気量を見ても、全く持って動揺していない。一度味わったからこそ、彼の持つ力が怖気付くほどのものではないことが分かっていた。
「もう見縊らないよ。二度も同じ間違いはしない。最後に名前だけ教えてもらっていい」
「貴様に教える名前などない」
「そうなるよね。いいわ、後ほど調べておく」
誇誉愛は両手で柄を持ち、男の出方を伺う。
彼女の挑発に男は眉間にシワを寄せる。何かを狙っているのは確かだ。迂闊にこちらから出るのは危険だ。
警戒する男に対し、誇誉愛は両手で柄を握りしめ、ただただ佇む。
このままずっと動かないのも癪だ。男は片方の足を後ろにずらすと、勢いをつけるように姿勢を取る。
「煉獄……」
拳に赤色の閃光が走る。身体から大量の赤い霊気が放出され、あたりに浸透していく。
煉獄の炎のようにあたりを覆い尽くした霊気の中、男は誇誉愛に向けて、地を蹴った。
「炎焼拳」
彼女との距離を一気に近づける。
誇誉愛は目の前に現れる男の姿を凝視する。
「衆合地獄(しゅうごうじごく)」
彼女が静かに呟くと男の身体に切り傷ができる。
男は目を眩ませる。何が起こったか理解できなかった。だが、攻撃を受けてもなお、体は十分に動かせる。赤い霊気を纏った拳を全力で誇誉愛へと突き出した。
しかし、拳は空ぶる。
男が気が付いたときには誇誉愛の姿はなくなっていた。
一体、どこへ。
「ここだよ」
すると、後ろから女性の声が聞こえる。男が振り向くと、そこには誇誉愛の姿があった。
「残念っ!」
「貴様っ!」
男は再び急速に誇誉愛との距離を近づけ、拳を握る。
刹那、ただでさえ傷だらけの男の身体はさらに八つ裂きにされた。
激しい痛みが男を襲う。痛みに耐えながらも彼は再び拳を握った。だが、それも当たらない。
「どこ見ているの。私はここだよ」
再び後ろから声が聞こえる。男は何が起こっているか理解できなかった。
彼女に近づけば、切り傷をつけられる。そして、誇誉愛は知らない間に後ろにいる。
「一体、貴様は何を?」
男の言葉に対して、誇誉愛はただただ微笑むだけだった。
実は男の見ているものは誇誉愛ではない。彼女が見せた幻想に過ぎなかった。
男が赤い霊気を浸透させる前、誇誉愛は彼の見えないところで彼に黒い霊気を掛けていた。そして、その黒い霊気の力で幻想を見せていた。
実際のところ、男はただ倒れて夢を見ているだけに過ぎない。
誇誉愛は眠りにつきながらもがく彼をただ儚く見つめていた。
「才能はあなたの方が上だったかもね。ただ、識力、努力は私の方が数万倍も上だったかな。悪いけど、このまま悪夢を見続けていてね」
誇誉愛は眠る彼にとどめを刺すことなく、崩壊した建物を見渡した。
リープするための扉が完全に壊れてしまった以上、彼女は柃たちの元へはいけない。
この男と同等の敵。もしくはそれ以上であった場合、3人だと危険かもしれないと危機感を覚えるが、誇誉愛にはどうすることもできなかった。
「頼むから無事でいてね」
誇誉愛は虚空を見つめながら、静かにそう願った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます