最終話 子供がガチャガチャと玩具で遊ぶように

 「お帰りなさい、仁」


 「ああ、悪い。もう寝みいから寝るわ」


 寝室に行って着替えを済ませてからそのまま眠りにつく。


 夜、七時頃。目が覚めて自分が汗臭いことに気がつき風呂に入った。


 「腹減った」


 風呂から上がりリビングに行くと、父親が来て居て先に陽菜の手料理を食べている。


 「来てたのかよ、くそ親父」


 「何だ、仁。居たのか」


 父親は俺の顔を見るなりそう言うと鼻で笑う。


 「いちゃわりいかよ。ここは俺んちだぞ」


 「やめて、仁。せっかくお父さんが来てくれたのに。仲良くして欲しいな。それにね、お父さんがまた、悠くんにお小遣いくれたんだよ」


 俺は黙って席に腰掛ける。


 「陽菜、腹減った」


 「あ、うん。今、準備するね」


 陽菜は立ち上がり台所に向かう。


 「なあ、親父。めちゃくちゃ今更だけどよ。俺の事、その。この前話してくれた俺の本当の母ちゃんが俺を産んで死んだ事、後悔してねえのか」


 「そうだな。後悔してないと言ってしまえば嘘になるか。お前は親不孝者だったからな。だけど、良い嫁さん捕まえて、可愛い子供が出来て。父さんをじいちゃんにしてくれた。それだけでもう十分だ。きっと、あいつも天国で喜んでいる。何しろ本当に命をかけて産んだからな」


 ただ何となく聞いた質問に父親はそう答えると、ご馳走様でした。陽菜ちゃん、美味しかったよと言って陽菜はそれに答える。


 「お待たせ。出来たよ」


 陽菜が出来た夕食を持ってきて机に並べる。それを食べ始めて五分程がたった頃、陽菜に晴のことを話した。


 「そうなんだ。えっと、美咲さんは変わってなかった?」


 陽菜が気まずそうな表情で美咲のことを聞いてくる。


 「おい、くそ親父。そろそろ帰れよ」


 陽菜と二人で話がしたくて追い出すようにそう言った。


 「仕方ない。帰るよ」


 父親は空気を察したのかそう言うと帰っていった。


 「そんで、何だっけ。ああ、美咲のことか。まあ、変わってはなかった。年なりに老けてはいたけどな」


 「そっか。えっと、その」


 陽菜が何かを言いかけてやめた。


 「陽菜が思っているようなことは一切無かった。晴のうちだったし当たり前だろうよ。まあ、美咲に今度、二人で愛し合いましょうって言われたけどな。晴にはわりいけど、誰が十歳以上離れてる年の女とするかっての。俺にだって選ぶ権利あるわってな」


 「じゃあ、年がそんなに離れていなければ、その可能性があるって事?」


 言い方を間違えたか。そんなつもりで言ったのではないのに。


 「ちげえよ。そう言う意味じゃなくて、もし、どんだけ美人で色っぽくて若い女が選択肢に混じっていても、お前を選ぶって事を言いたくて。って、何言わせてんだよ。あほが」


 「そうだよね」


 陽菜は少し微笑んではいたが、まだ不安そうな表情をちらつかせている。


 「ああ、もう。面倒くせえな。俺がお前と悠人を置いて違う女の所なんかに行く訳ねえだろ。俺は元々女で遊ぶような気持ち悪い趣味ねえんだよ。確かに美咲とは関係があった。だけどそれはもう大昔の話で関係ねえ。それに一度だって美咲と付き合いてえとか思ったこともねえ。お前が家で待っててくれてるのに外で女作るとか有り得ねえ。これでも心配ってなら、お前が俺を浮気出来ねえようにしとけ。毎日首筋に跡を残したいなら好きなだけ残せよ。携帯見せろって言うなら見せてやる。女の匂いが気になるなら嗅がせてやる。お前が言うことなら聞いてやるよ」


 持っていた箸を机に置きそう言うと携帯を取り出し陽菜に渡す。陽菜は困惑した様子で携帯を返してきた。


 「ごめんなさい。信用してないわけじゃなかったの。ただ、陽菜ね、仁がもてることを知ってるから。だからね」


 「心配すんな。今の職場は男しか居ねえし、居たとしてもお互いに眼中にないわ。俺は既婚者だし、それに手を出すような女は美咲以外はそうそういねえよ。第一、誘われても行かねえよ、面倒くせえ」


 そこまで言うとやっと陽菜は心配が溶けたのか微笑んだ。


 それから時は経ち、もうすぐ一年が経とうとしていた頃、悠人が初めて言葉を口にした。その言葉は、陽菜や俺の名前ではなく、俺が父親を呼ぶ時のくそ親父のくしょだった。


 「くしょ、くしょ」


 「おい、悠人。それはやめろ。ほら、言ってごらん。ままだよ、まま」


 ある日の休日日。悠人に何とかまともな言葉を教えようとしていると、陽菜がのんきに、そのままでも良いよと言ってきた。


 「良くねえだろ。まだ早いって。別に口が悪いのは良いけど、それはもう少し後だって」


 「陽菜は良いと思うけどな。可愛くて」


 陽菜はそう言うと悠人に近寄り頭を撫でる。


 「くしょ、ああ、くしょ」


 悠人はそう良いながら俺の事を指さしてくる。


 まさか、くしょとは俺の事を呼んでいたのか。


 「仁の事を呼んでたみたいだね。良かったね、先に呼ばれて」


 「嬉しくねえし、良くねえし。ほら、悠人。そんな言葉は忘れろ。ままだよ、まま。呼べるだろ、呼べよ」


 何度そう言っても呼ぶ事なく覚えたての言葉を口にした。


 後悔した。こんな事ならちゃんと父親のことを親父と呼んでおけば良かった。だけどもう、後悔しても遅い。


 「悠くん、よしよし」


 陽菜が抱き上げあやし始める。


 「まあ、もう良いか」


 あやさせている悠人は嬉しそうに笑っている。そして陽菜は優しい表情で微笑んでいる。そんな二人を見て俺は諦めた。


 「もう良いよ。くしょで。けどそのうち、ちゃんと呼んでくれな、悠人」


 「そんな事言ってもまだわからないよ。それに、自然とそう呼ぶのはやめると思うよ」


 悠人の頭を優しく撫でるとまた悠人は言葉を口にして笑った。


 初めて陽菜と出会った頃を思い出していた。あの頃は確か、陽菜が五歳、俺が八歳。陽菜は人見知りが激しい方でよく母親の後ろに隠れていた。そんな陽菜と仲良くなりたくて誕生日には歌を歌い、色々と話しかけていた。


 「なあ、陽菜」


 「何?」


 陽菜に何となく、これからも一緒に居てなと言った。


 「居るよ。悠人が大人になって離れる時が来ても、お婆ちゃんになっても、陽菜はずっと仁の側を離れないもん」


 陽菜の言葉に自然と顔の筋肉が緩む。


 幼い頃は陽菜を助けることが出来なかった。何度も何度も義母からの暴力に耐える陽菜の姿を見ては逃げ出していた。そんな自分が情けなくて、ますます逃げ回った。だけど今、陽菜は俺の手で助けることが出来ている。それは偶然か、必然か。そんな事はわからない。


 ただ今わかっている事は、もし、陽菜と俺が義理の兄妹ではなく、ただの他人同士だっとしても、きっと俺は陽菜と出会い沢山ある選択肢の中から彼女を選んでいた。そして未来は今と変わっていないだろうと言うこと。


 だって、運命は子供がガチャガチャと玩具で遊ぶように、簡単に変えられるようなものではないと思うから。


ー続くー

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おもちゃあそび shiyu @shiyu214

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