第3話 抱きしめられちゃった♡
風呂から出ると、俺はあたりを見回した。
どうやらいすずは居ないみたいだ。
「ふぅーよかった」
いすずのことだ、どこかに隠れて驚かしてくるのではないか? と考えていたが、違ったみたいだ。
ほっと安心したら、お腹が空いてきてしまった。そろそろ夕飯を作らないとな、今日は何を作ろうかな。
キッチンへ行き、冷蔵庫の中身を見るとひき肉や玉ねぎ、卵なんかがあった。
「おっ、これならオムライスが作れそうだな」
さっそく俺は、2人分のオムライスを作ることにした。ちなみに父と義母は今日も仕事が忙しくて、帰れないらしい。(さっき、スマホにメッセージが入っていた)
「どっちか、帰ってきてくれたらな」
父や義母が居る時は、いすずはおとなしい。生意気なことは言わずとてもいい子なのだ。
だから、父や義母のどちらかが居てくれればいいのだけど……難しいらしい。なので、4人の家は実質俺といすずの2人暮らしになっていた。
フライパンの中に油をひき、ひき肉を炒めていく。トントントンっと包丁で、たまねぎを刻んでいき、玉ねぎをフライパンの中に投入。
焼けるまでフライパンの中で玉ねぎとひき肉を炒め、塩コショウを少々かける。
焼けたところで炊き上がったばかりのご飯を入れ、しっかりと玉ねぎやひき肉と混ぜ合わせ、ケチャップで味を整えた。
「よし、次は卵だな」
卵を片手で割り、ボールの中で混ぜていく。フライパンに入れようとしたちょうどその時、バタンとリビングの扉が開いた。
そこにいたのは、いすずだった。
「なんだ、いすずか」
「なんだよじゃないよ! せっかく、私がお兄ちゃんのために夜ご飯を作ろうと思ってレシピ検索していたのに。もう、作っちゃうなんて!」
「……」
「なによ、その目! 本当だもん」
ぷくーっと頬を膨らませたいすずが、俺の横に立った。ジーッと俺の作った物を見ると、
「ま、まぁ、お兄ちゃんの作った料理は美味しいからいいけど」
機嫌がよくなったのか、ニヨニヨと笑っている。
「分かってるじゃんお兄ちゃん。オムライスって最高だよねー」
よかった、オムライスを作って!!
オムライスはいすずの好物らしく、オムライスを出すといすずの機嫌が良くなるのだ。機嫌が良くなる=からかってこない!!
まさに、オムライスは最高の食べ物なのだ!!
「お兄ちゃん、フライパンジュージューいってるよ」
「あっしまった。卵焼くんだった」
「卵って、ケチャップライスにのせるやつ?」
「そうそう。もうすぐでできるから、リビングで待っていてくれ」
「……」
卵を焼きますか。
ジュージューと音を立てているフライパンの上に、俺は卵を流し込もうとした。
が、
「それ、私がやるよ!」
「へ?」
「だから、私が卵を焼くっていってるの!」
いすずは突然俺の手からボールとフライ返しを奪うと、フライパンの中に卵を投入し出した。
ま、ま、まずい!?
俺はその様子を見て、気が気じゃなかった。
「いすず、今日は俺が作るから!」
「嫌だ、私も作る」
「ワガママいうんじゃ、ありません!!」
なぜなら、いすずはドがつくぐらい料理がド下手だったからだ。
あれは、いつだったか。一緒に住み始めて、3日目のことだ。
『今日は、私が夕食を作りました。お兄ちゃんどうぞ』
『……』
『お兄ちゃん、どうかしたんですか?』
『い、いすずさん。このヌメっとしたスープはなんですか?』
『あぁ、これですか! これは、長芋と納豆をたっぷり入れて、それからバターにヨーグルト、プロテインに、チーズを(ペラペラ)」
『(絶句)』
ということがあったのだ。その日から料理全般は、俺がすることになったのだ。本人は作りたがるけどな。
まさか、完璧といわれたアイドル様に苦手なものがあったとは……まぁ、人間らしくていいけどさ。
けど、あの日食べたヌメっとしたスープは、一生消えない俺のトラウマになったのだ。
「卵だけじゃ味気ないから、塩を……」
「待て待て待て!!」
このままじゃ、せっかく作ったオムライスがダメになってしまう! それだけは、いけない!!
「へっ? お、お兄ちゃん?」
「卵の焼き方は、こうするんだ」
俺はいすずの後ろに回ると、後ろからいすずに料理のアドバイスをすることにした。
まぁ、見方によっては抱きしめているように見えちゃうかもだけど……。
「卵を焼くのは強火じゃなくて、このくらいがいいぞ」
「っ!」
「んで、ひっくり返す時はこうやって……って、どうしたんだいすず?」
プルプルと震えながら、いすずはフライ返しを持っている。心なしか耳が真っ赤になっているような……? まさか。
「お兄ちゃん」
「ん? なんだ……ってえっ?」
突然いすずが俺の体にもたれかかってきた。なんとかふんばり、耐える。
「い、いすず?」
「男の人に抱きしめられるの、初めてなの。どうしよう私」
「だ、抱きしめた訳じゃ」
慌てて離れようとしたけど、いすずは片手で俺の腕を掴んだ。
「お兄ちゃんって、とっても大きいんだね。体もがっしりしてるし」
ゆっくりと俺の体に手を這わせいすず。くすぐったくて「ん」と声が漏れてしまう。そんな俺をいすずは、嬉しそうに見ている。
やがていすずの手が、上半身まで伸ばされてーー
「お兄ちゃんもやっぱり男の人なんだね。私、」
「い、すずやめ」
「ぷっくすくす」
「はっ?」
「やだ、お兄ちゃん。なに感じちゃってるの?? 私の魅力に当てられちゃった??」
ピキッと自分のこめかみに、青筋が立つのが分かる。
いすずは、キャハハっと楽しそうに笑ってる。そんないすずから体を離すと、俺はいすずの両頬を掴んだ。いすずは、驚いたように目を丸くさせている。
「ほへっおにいひゃん?」
「お兄ちゃんをからかうな! バカ妹!!」
「ひゃい!」
ちなみにいすずが焼いたらたまごは焦げてしまい、グチャグチャに。責任を持って食べさせた、本人に。
「お、お兄ちゃんのバーカ」
「バカなのは、お前だ」
「ひぅ」
今日もオムライスは、よい出来でした。花丸。
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