第02話 逆葬儀屋 1

「フーくん、次で降りるよ」


 少女はネックゲイターのファスナーを上げ、口元を隠すようにしてから楼義ろうぎにそう告げた。


「その呼び方のときは『くん』付けじゃなくていいんじゃねえか? 俺もユーって呼んでるんだし」


 ライトグレーのターバンで巻かれ、寸胴なタケノコのようになった髪型の少女。その穂先——艶やかな黒髪の先端を見下ろしながら、楼義ろうぎは呟くように返した。フーというのは楼義ろうぎのコードネームだ。


「フーくんがわたしを呼び捨てなのは普段からでしょう? ……それより」


 と、ユーと呼ばれた少女は、吊革から手を放し、楼義ろうぎのネックゲイターのファスナーを上げた。


「あ、わりぃ」


 楼義ろうぎから出た謝罪は先ほどまでとは違う声色だった。ナイロンの生地を通したから変わったという類のものではなく、完全に別人の声になっている。ボイスチェンジャー内臓のネックゲイターなのだ。彼女の声もこれによって変換されている。


「珍しいよね。疲れてる?」


 心配そうな声色だったが、眉まで覆うスキーゴーグルのせいで、表情は見て取れない。


「いんや。たまたまぼっとしてただけだ」

「そう。あんまり無理しないでね」


 電車はトンネルに入り、吊革に掴まった二人の姿が扉のガラスに反射して映る。ユーと同じく楼義ろうぎもまた、ターバンにスキーゴーグルを装着し、口元までネックゲイターで覆われたスタイルである。違うのは、楼義ろうぎが黒いナイロン地の薄手のロングコートなのに対し、ユーはショート丈のハリントンジャケットに紫陽花色のストッキングの上にホットパンツを穿いていて、とても動きやすそうな格好をしているところだ。


 トンネルを抜け景色が明けると、新緑が高速で通り過ぎて行った。ほどなくして緩やかに減速が始まり、停車。二人は吊革から手を放して、咽返るほど麗らかな日差しのもとへ降り立った。

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