オーバーデッドと逆葬儀

詩一

第01話 過死状態(オーバーデッド)

 彼女は死を過ぎていた。


 袋木ふくろぎ楼義ろうぎの目には、そう映った。


 まだ日も暮れていないというのに、厚い雲が覆いかぶさるようにしてあるものだから、街は灰色の暗さに包まれていた。そんな雨で煙るアスファルトを裸足で歩いていく少女。その足元にはこぶしだいの青色のガラス玉が、転がるわけでも浮遊するわけでもなく、ただ在った。少女の歩みと共に地面を擦るも、割れることも欠けることもない。白いワンピースからどれだけ雨水が滴ろうとも、それが汚れることはない。青はただ青いまま。


「おい」


 楼義ろうぎは思わず声を掛けた。

 彼女はただの訳ありではない。異常なまでの訳ありである。相手の得体の知れなさに戸惑うよりも先に口が動いた。

 しかし少女は呼びかけに気付いていないようだ。胸元を銀色の髪の毛が過ぎていく。その刹那に差している傘に雨を遮られたのを感じたはずだったが、彼女はそれにすら意識がいかないようだ。そう、彼女はこの雨の中、傘すら差していない。そして裸足。さらには死を過ぎていた。


過死者かししゃだから気付かないのか?)


 放っておくわけにもいかず、楼義ろうぎは彼女の肩を軽く叩いた。

 刹那——楼義ろうぎは宙を舞った。

 正しくは、投げ飛ばされた。

 傘は骨をへし折られながらアスファルトに叩きつけられる。

 楼義ろうぎは仰向けに転がり、右腕の関節を極められていた。


「いだだだだだ! おい、待った! 俺は別にお前に危害を加えようとしたわけじゃあねえよ!」


 そのとき初めて、楼義ろうぎは少女を真正面から捉えた。額に張り付いたパッツンの前髪、その下からは大きくてまん丸の赤いビー玉の瞳が確かな輝きを持って見つめていた。


風梨ふうり……?」


 思わず零した言葉に、彼女は首を傾げた。


「フーリ?」

「あ、いや、人違いだ」


 楼義ろうぎはそんなわけないと呟いて首を振った。


「そっか。あたしはフーリじゃなくて兎佳子うかこだよ。ねえ、あなた悪い人じゃあないの?」

「ああ」

「もしかして、逆葬儀屋ぎゃくそうぎやさん?」


 楼義ろうぎは目をみはり、口を半分だけ開いた。

 次第に激しくなっていく雨脚に楼義ろうぎは自分の呼吸の音すら聞こえなくなっていたが、なんとか少女に——兎佳子うかこに届くように言葉を放つ。


「ああ」


 その言葉に彼女はパッと顔色を明るくして、関節を解放したかと思うとすぐさま抱き着いた。


「ずっと探してたの!」

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