第一の鑑定  血の涙を流す少女の肖像 4-2

 予想外にもほどがある質問だった。思わず声が上ずってしまう。

「もしかして、もう誰かかわいい女の子と付き合っているのかしら。ねえ、どうなの?」

 ……そうか、こういう質問になるのか。

 よし香は雪緒のことを十三歳の少年だと信じている。こんなに間近にいるのにまるで疑う様子はない。それはいいのだが、今の立場ではよし香の質問に何と答えて良いのやら。

「いえ、いませんよ、そんな人は」

 とりあえずそう言うと、よし香はさらに身を乗り出してきた。

「気になってる子もいないの? 一人くらいいるでしょう?」

 まさに興味津々と言った感じだ。雪緒はもはや愛想笑いを浮かべるしかなかった。

「えーと、そもそもぼく、今は学校に行ってないですし、出会い自体がそんなに……」

「ああそうよね。学校に行ってないとなかなか難しいわね。わたしも、初恋の人は女学校の先輩なのよ。うふふ」

「はい。なかなか……って、え?」

 一瞬頷きかけた雪緒は、はたと動きを止めた。次の瞬間、最大級の突っ込みが沸き上がってくる。

「ちょ、ちょっと待ってください、よし香さん。女学校の先輩って……えっ?」

 女学校に通っているのは、当然女子だけだ。

 目を何度もぱちくりさせる雪緒の前で、よし香は頬に手を当ててふぅっと溜息を吐いた。

「恋に性別なんて関係あるのかしら。……わたしは、ないと思うわ」

「はぁ?」

「わたし、女学生の時、好きな方がいたの。一つ上の学年の、それはそれは素敵なお姉さまだったわ……」

「よし香さん、それって……!」

 時折、親しい少女同士が友情を越えた絆で結ばれることがある。互いに相手を特別な存在だと認め、心も身体も激しく求め合うのだ。もはや恋人同士と言ってもいい。

 親密な同性の相手を作る風習は、特に女学生の間で広まっている。よし香にも女学生時代、そんな相手がいたのだろう。

 雪緒にはそのあたりの事情がすぐに分かった。何せ、つい最近まで自身が女学生だったのだ。

「お姉さまにはとても良くしていただいたわ。……学校を卒業した今でも、わたし、お姉さまのことが忘れられないの。どんな殿方より素敵なのよ」

 うっとりと目を閉じ、よし香は頬を薔薇色に染めた。これはもう、完全に恋する乙女の顔だ。

 雪緒は何だか脱力してしまった。いくら父親の英一があくせくしても、当のよし香がこんな調子では、結婚など程遠いだろう。

「あら、ちょっと長居をしてしまったわね。雪緒くん、お話してくれてありがとう」

 一通りうっとりしつくしたところで、よし香は満足そうに立ち上がった。

「あ、いえ。そんな……」

 話したって言うより惚気話を聞かされただけですけど……とは言わないでおく。

「そうだわ。わたし、中津川先生から、部屋をあの日と同じ状態にしておくように言われていたんだった」

 よし香は白い小さな手をぱちんと胸の前で合わせた。

 雪緒も危うく忘れるところだった。これから、よし香が絵の異変に気付いた五日前の晩をなるべく忠実に再現しなくてはいけない。

「それならぼくも先生から聞いてます。あの日……五日前ですよね。部屋はどんな状態だったんですか?」

「わたしね、少し寒がりで……。あの日は眠りにつく前まで暖炉に火を入れていたの。今から火をつけるわね」

 よし香はドレスのポケットから小さな燐寸箱を取り出すと、暖炉にくべられた薪に火をつけた。忽ち炎が上がり、部屋の中が急激に暖かくなっていく。

 いや、暖かいを通り越して暑いぐらいだった。雪緒は額に浮かんだ汗をぐいと拭う。

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