第一の鑑定 血の涙を流す少女の肖像 4-1
一階の中津川の部屋を出たところで、雪緒はよし香の後ろ姿を見つけた。よし香は何か大きなものを両腕に二つ抱えて、階段をゆっくりゆっくり上がっている。どうやら相当重いものを運んでいるようだ。
「よし香さん、良かったらお手伝いしましょうか?」
後ろから声を掛けると、よし香は振り返って微笑んだ。
「あら、ありがとう雪緒くん。助かるわ。じゃあ、これを一つ持ってくれるかしら」
差し出されたのは鉢植えの植物だった。二つとも同じ種類らしい。二尺ほどの高さがあり、持ってみるとずっしりと重かった。
何だか変わった形の植物だ。すっと高く伸びた茎の上に、妙な形をした橙色の花が付いている。
「これ、何という植物なんですか?」
鉢を眺め回しながら訊くと、よし香はふふっと笑って答えた。
「これはストレリチアというの。お花が鳥みたいな形をしているでしょう? 極楽鳥という鳥に似ているから、日本では極楽鳥花と呼ばれているわ」
そう言われて、雪緒は改めて鉢をよく見てみた。見れば見るほど奇妙な形だ。
花は全体的に尖った形をしていて、橙色の花弁の中から青い棘のようなもの……雄しべか雌しべだろうか……がちょんと覗いている。
じっと見つめていると、確かに橙色の部分が鳥の羽、青い棘はまるで鳥の頭のように見えてきた。
「何だか変わっているけど、かわいい花ですね! あと、異国の雰囲気がします」
庭にあったガーベラもそうだったが、この極楽鳥花も雪緒にとっては初めて見る花だった。今まで見た花のどれとも違う、斬新な感じがする。
「そう、ストレリチアは異国の花よ。原産は南の暑い国なの。おじいさまが研究で持ち帰ってきたのを、今はわたしが引き継いで育てているわ」
「南国の花って、帝都でも育つんですか? 育てるのが大変そうですけど」
「このお花はそんなに難しくないのよ。温かいところに置いてあげて、水と栄養をきちんとあげれば綺麗に咲くわ」
お梅から聞いた通り、よし香は植物の手入れが上手いようだ。見る限り極楽鳥花の鉢植えは二つとも見事に花を咲かせている。
「今の時期だと、昼間は外で太陽に当ててあげて、夜は温かい部屋の中に置いてるの。今からわたしの部屋に運んであげようと思ってたところよ」
「じゃあ、一緒に運びますね」
二人で並んで階段を昇り、よし香の部屋に行く。
部屋の真ん中に鉢植えを置いたところで、目に飛び込んできたのはやはりあの、血の涙を流す少女の絵だった。
「怖いわよね。この絵……」
よし香自らそう言った。雪緒は控えめに頷く。
「はい……。もとは、良い絵だと思うんですけど……」
この絵は祖父が孫娘に贈ったものだ。悪く言いたくはないが、やはりどうしても不気味さが先に立ってしまう。
「そうよね……。わたしも、雪緒くんと一緒じゃなかったら、怖くてすぐに部屋を出てしまうところよ」
しばらく絵を眺めたあと、よし香は気を取り直すようにふるふると首を振った。そしてつとめて明るく口を開いた。
「重いものを運んだから少し疲れたでしょ? 座って雪緒くん。折角こうして会えたのだし、何か話をしましょう」
「え、ええ……?」
雪緒はよし香に半ば引っ張られるようにして部屋の片隅にある椅子に座らされた。よし香は小さな卓子を挟んで向かい合わせに腰掛ける。控えめなお嬢さまだと思っていたが、案外強引なところがあるらしい。
「ねぇ、雪緒くんって……誰か、好きな人はいる?」
「は、はぁぁっ?!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます