第6話 人を焼くって思っていたより大変だ
成人が亡くなって、それなりの儀式をして、生きている人達はお別れをして、火葬場で骨になるまで焼いてもらう。
このことが、こんなにも時間がかかり、大変なものだとは思わなかった。
それなりに生きてきて、身近な人がいなくなった経験がないわけじゃない。お姑さんが亡くなった時だって大変だった。
けれどこの時ばかりは。夫の火葬を待つ時間は、本当に長く苦しく、頭が朦朧とした。
通夜と告別式が、本当に本当に大変だった。
諸事情があって、私の実家には一切、頼らなかった。葬儀社のスタッフさんと、一番信頼している近所のママ友さん、それから夫の親戚のなかで唯一しっかりしている従兄弟のおじさん。手伝ってもらったのはその人達で、あとのことは全て私が働いた。
お義父さんは別居していたのだが、その送り迎えすら(息子の葬儀なのだが持病の為に通夜は早々に帰宅)私が車を出さなくてはならず。告別式の後、お義父さんを自宅まで送るのが辛く、お義父さんの妹さんに頼むも、困った顔で断られた時、その後のことを色々と覚悟した。
喪主として応対しなくてはならないのだが、人手も足りない。しかし困ったことに、想定外に人が訪ねてくる。
時勢もあって家族葬、ごく身内だけと告知していたにも関わらず。香典返しがなくなるほど人がきてしまい、なんとか応対していたが内心ではずっとパニックだった。スタッフさん達が本当によくしてくれていたと思う。
私とは関わりのなかった夫の知り合い、子供の学校やPTA関係の人、夫の職場の人。通夜は本当に人が入れ替わり立ち替わり。
通夜の最終に残っていてくれたのは、夫の友人の三名。いつもの顔ぶれに、心底ほっとして最後のお別れをしてもらった。
最後の夜は何度も起きて、棺桶のなかを覗き込み、ただぼんやりとあの人の顔を眺めていた。
正直、何度となく、夫が「びっくりした?」と起き上がる妄想をした。というか、寝ているようにしか見えなかった。
起きてくれたら、どんな酷い目にあってもかまわないと、くだらないお願いを神様にしてみたりした。もちろん、かなわなかった。
触れてみれば彼は冷たくて固くて。しっかり死んでいたので。
私は通夜と告別式の日、泣かなかった。
たぶんあの時は、殴られても刺されたところで、ぼんやりとしていただろう。味覚や嗅覚、感覚の全てが鈍かった。感情はただただ重苦しく浅い呼吸を繰り返していた。
夜中のトイレで、鏡に映った自分が本物の幽霊みたいだった。生きている私の顔の方がよほどゾンビのようで笑ってしまった。
子供も一緒に傍にいたけれど、声をかける余裕はあまりなかった。でもあの子はあの子で、父親としっかり向き合っていたようだ。
近所のママ友の子が、幼稚園からの付き合いの幼馴染みの子が、通夜の晩、子供の傍にいてくれた。それも本当に有り難かった。
あの子はお葬式の時、「ずっとお父さんは起きてくるんじゃないかって思ってた。でも違うんだね。本当に死んじゃって、今から焼かれて骨になっちゃうんだね」と言って泣いた。通夜や最後の夜は泣いていなかったのに。
私の肩に顔を埋めて泣く子が哀れで可哀想で。一緒に悲しんであげた方が本当はよかったのかもしれない。でも私の目から涙は出なかった。
子供の背中を撫でながら、宥めるように慰めるように言葉を紡いだ。
「お父さんの身体は壊れて死んじゃったけど、魂は死んだりしないから。私達の傍に今もいてくれるから。
今から焼くのは、お父さんの魂の入れ物だったものなの。でも、もうあそこにお父さんの魂はないからね。それでもずぅっとお父さんの魂の入れ物だったものだからから、感謝して見送ろうね。
魂は見えないものだけど、死んだりしないし、きえたりしない。ずっとずっと一緒にいてくれるから、大丈夫なの」
たぶん、そんなことをあの子が泣き止むまで言い続けていた。
魂が本当にあるといいな、と思った。幽霊でもいい。見えなくて良いから。
あの人の魂が本当に存在していて、私達の傍に寄り添ってくれている。そんな綺麗事で都合の良い物語が必要だった。
あの子の辛い気持ちを私は軽くできただろうか。
夫の身体はまだ働き盛りの男性で。でもって長身、がっしりと肉もついていたので。骨になるまでずいぶんと時間がかかった。
スタッフの人が「お若い男性だから、なかなか焼ききれなくて」と、延長を告げてきた。
あの分厚い扉の前で、ああ、人を焼くって大変なことなんだなぁ、と、ぼんやりしていた。
本当に長かった。出てきた夫の身体は骨になっていて、さらに現実味がなかった。
その骨を全て壺に入れて。親族に「ありがとうございました」と頭を下げて。荷物を自分のワゴン車に詰め込み、骨壺は子供に持ってもらって。
葬儀社の人達にお礼を言って自宅に戻った。
簡易祭壇に夫の遺骨を置いて、遺影を飾って、身体の力が抜けた。
お義父さんの「帰りたいんだが」という訴えに、これで最後、お義父さんを送って帰ってきたらもうなにもしない、と力を振り絞り、車を運転した。
子供には休んでいてと言っておいたけれど、私が帰ってくるまで心配で起きていた。
あの子が「おかえり」と言ってくれた時、もう動けない、と感じた。
寝室へ行く階段すら上りたくなかった。
子供と二人で「もう無理」と布団の上になだれ込むようにして倒れて、そこからの記憶はない。気絶したら、たぶんあんな感じになるんだと思う。
異世界に転移して六日目の午後三時。私はようやく安息の時を得た。
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