夜を通す

川内 祐

第1話

 グチャグチャにされても上辺だけ繕ったりしない。

 笑い声や泣き叫ぶ声にも振り向かない。

 この街は私なんだ。

 グチャグチャになんてされるはずもない。

 好きだとか嫌いだとかじゃない、ただいつもここに在る。


 近頃は、特に疲れていたんだと思う。

 誰とも繋がりたくなんかなかったし、ましてや何かに乱されたくはなかった。

 自分のリズムで呼吸をし、体中に血を廻らせたかった。

 誰かのために笑顔を作ったり、瞳を潤ませることがなんとも億劫に感じていたのに。

 こんな風に掻き乱してくるなんて。


 右手をぐっと握り締める。

 私の手はこんなに小さい。

 アメのつかみ取りで、友達の誰よりもその掴んだ小さな幸福が少なかったことを急に思い出した。

「お前、そんだけ?」

 声が甦る。

 もっと力を込める。

 手がどんどん白くなっていく。

 この白さは昨日も見た白さだ。

 この手を開けば桃色へとその色を移すが、あの棺の中の手は、ずっと透き通った氷の色のまま。

 鳥のさえずりに誘われて空を見上げると、いつの間にか闇は溶けて、すっかり明るくなっていた。

 遠くからは電車の走る音も聞こえてくる。

 規則正しいその音に、自分の鼓動までもコントロールされそうで、耳をふさいで目を閉

 じた。


 ――ドンッ!! 膝の辺りに軽い衝撃を受けて目を開くと、黄色いバックを肩から斜めに

 かけた少女が尻餅をついていた。

 その向こうから、その娘の母親であろう女性が小走りでやってくる。

「すみません!もう、あーちゃん、ちゃんと前見ないとダメでしょ!」

 少女のスカートをはたきながらそう言った女性に、「大丈夫です」と言おうとしたが、うまく言葉が出なかった。

 代わりに出てきたものに、私よりも少女が先に気がついた。

「おねえちゃん、痛かったの?ごめんなさい」

「ううん。大丈夫よ」

 やっと出た私の声は震えていた。

 いたたまれなくなって駆け出した私の背中に、ごめんなさいと何度も叫ぶ少女の声が響いた。

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夜を通す 川内 祐 @ukizm

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