29.少年のとある日(3/4)

『……ちょっと来て』


(呼び出したは良いけど……)


「……?」


幸がどうしようか迷っていると、周辺を少年が不思議そうにうろつく。



「……大丈夫?具合悪いの?」

「……」


(調子狂うなぁ……)


まるでパーソナルスペースが無い位至近距離でうろつかれて幸は戸惑うものの、とりあえず何か言わないと間が持たないので口を開く。


「ねぇ……君さ、」

「何……?」


色々聞きたい事はあったけど、


「今、何歳?」


幸の口から出たのは小さな疑問だった。


「えっ」


少年はその言葉に、慌てた様に指折り数え出す。


「えっと、あれから8年経つから……14、かな」

「14……」


幸の聞いた彼の年齢は24だから、あれが嘘でなければおよそ10年前だ。


「それがどうしたの?まだ誕生日でも無いのに……」

「いや……」


全く姿の変わらない、でも幼い様にも感じる彼と、14歳という年齢……その情報に頭が追いつかなくて、幸は一言、


「若いね……」


としか言えなかった。


「……若い?」


そして案の定、その言葉に不審そうに反応される。


……が、その後に続いたのは、


「……14って、まだ子供に感じる?」


年相応と言う様な、可愛らしい悩みがこぼれた様な言葉だった。


(若いかと言われても、私自身が16だからなぁ……何とも言えない……)


それに幸が真面目に考えていると、少年は少し必死になる様な感じに詰め寄る。


「オレがれいちゃんより年上だったらさ!……れいちゃんより背が高くて、頼れる人だったらさ……」


「……もっと余裕ある……キミを守れる位の関係で居られたのかな、」


必死なままそんな事を言い続ける少年に、幸は思わず「ふっ」と吹き出してしまう。


(余裕無いんだ)


「えっ」


その様子に、少年は大きく目を見開く。


「……笑った?」

「えっ、……あぁ、ごめん。つい……」

「いや、そうじゃなくて……何で……」

「何で……って」


少年の質問に、幸は思わずへらっと笑ってしまう。


「どんなキャラしてんだよ、『れいちゃん』って。……そんなにおかしいか?」

「……?」


いよいよ混乱し出す少年に、仕方ないので幸は告げる。


「もう良いや。……私は、10年後の君の……友達?……ターゲット、だよ」



***



「──何となく、わかった気がする……けど」


しばらく幸が説明すると、まだ少し理解が追いつかないながらも、少年は素直にそう言った。


「……でも、ターゲットっての……でしょ?」

「……」

なのか、知ってるの?」


が、そう言って詰め寄られる。


当たり前だ。

ターゲットはつまり……殺される人という事なんだから。


「まぁ……」


幸が失言だったかなと思いつつも答えると、


「知ってて何で……何で一緒に居るのさ?!」


と、少年は声を荒らげる。


幸は少年を制止して、ふわっと笑う。


「だって……信じてるから?」


そこまで言って上の空な少年に、幸は正面からじっと見つめて付け足す。


「……君を、ね」

「僕を……?」


真面目に見つめられて、少年はしばらく目を見開いて居たものの、困った様に眉をひそめて目をそらす。


……そして、


「あっ、」


と、急に焦り出す。


「ねぇ、10年後キミ……いや、れいちゃんは……僕のそばに居る?」

「……」


幸は思わず黙り込んでしまう。


……無理も無いだろう。彼の目に映るのは『れいちゃん』で、彼が飼われているのもきっと……。


「……君は仕事に来てるから、傍には居ないけど」


そこまで言って、幸は複雑そうに笑う。


「君はまだ……その影を追った目が、離れない様だったよ」


幸の皮肉を言うような空気は、きっと少年までは伝わらないだろう。


「そっか……」


沈む様に答える彼の声が、そう示していた。


(……正直、私は今……君に失望しかかってるんだよ)


そして幸は、思う。


(君は、ずっと追う人が居るのに……仕事ビジネスで人にあんなことしたんだね)


幸がちらっと少年を見ると、少年は純粋な顔で見上げてくる。


(それとも知らないの?普通はこんな事、しないんでしょ?……私は、人とキスするのなんて……初めてだったよ)


そう。少年はともかく、幸は何もかもが初めてだった。


幼い頃から逃げる生活で、満足に友達と言える人も居なかった上、恋愛なんて尚の事した事が無かった。


そんな彼女にとって、少年……016がする事が、……本当に彼女の全てだった。


「……君さ」

「ん?」


堪らず、幸は口を開く。


「好きな人に……一途で居なよ」


急に言われたその言葉の意味は、少年に意図の分かるものでは無かっただろう。


「えっ……は、はい……」

「……」


曖昧な返事の後、2人の間には痛いような沈黙が訪れる。


(損な役回りしちゃった。……まぁ、良いんだけどさ)


拗ねるように口を閉ざしていた幸も、バカらしくなった様に自分に失笑し始めた時、


「……あ、でも」


と、少年はふと口を開いた。


「ん、何」

「……ちょっと良いですか」


少年は小さく手招く。

それに幸が近寄ると、少年はまっすぐな瞳のまま、はっきりと告げた。


「僕、たとえ10年後でも……好きでも無い人に勘違いさせるような事、しませんよ」

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