28.少年のとある日(2/4)
「っ……あれ……」
『さ……触らないで!』
そう叫んだと思ったら、幸はいつの間にか知らない所に居た。
ちらっと髪を見ると……長い黒髪のままなので、幸はまだ『れいちゃん』である事を思い出す。
「ん?」
すると、遠くの方から走って来る様な音が聞こえて……扉のひとつが勢い良く開かれた。
「あ、居た……」
来たのはあのままの少年で、幸を見ると安心したように息をつく。
「急に居なくなるからびっくりした……。何か言いかけてたけど、どうしたの……?」
「いや、別に……」
もうそういう事をされるような雰囲気は無かったので幸が緊張をほぐすと、少年は隣にぺたんと座り込む。
「なんともない?」
「あぁ……」
「……」
困った様な顔を続ける幸に、少年は心配する様に口を開いた。
「……今日はちょっと、疲れてるんじゃないの?もう良いからさ……休んでてよ」
少年は言い終わると立ち上がって後ろを向いて扉の方へ戻る。
(……?)
幸がその行動に困惑していると、少年は思い出したように振り返る。
「あ……オレはちょっと、006の所言ってくるから……休んでて」
(オレ……?)
幸は少年の一人称に少し引っかかったが、
「……一緒に行ってもいい?」
よく知らない所で1人にされるのは嫌だったのでそう言うと、少年は驚いた様になる。
「えっ……い、いいけど……」
***
「──あれ、珍しい」
幸が少年に連れられて知らない部屋に移動すると、そこに居た青年に珍しがられる。
(……あ、写真の人だ)
それは、幸が写真で見た怪我だらけの人と同じ……つまりはこの人が016の兄、006という事だ。
「れいも一緒なんて、今度は何に興味?」
(……興味?)
そんな006に変な質問をされて幸が困惑していると、006はお構い無しと言った様に服を直し始める。
そして、
「見ててもいいけど、邪魔しないでよ」
……とだけ言って、幸から離れて適当に座り込んだ。
「はぁ……」
(見るって……何を?)
幸がそんな事を考えていると、勢い良く足を振り上げる影があった。
「……いつもの事だから」
***
ニヤッと楽しそうに笑いながら首根っこを掴みあげ、拳を振るう少年。
ボロボロになりながらも、楽しそうに笑う青年。
……を、呆然と眺める幸。
辺りには、人と床、人と手足がぶつかる鈍い音と、グロい様な嗚咽の音だけが響いている。
(これは……)
幸が目を見開いて考えようとすると、
「れい、そこ危ない」
「!」
すぐ横から声がして縋るように見ると、そこには煙草を片手に持ったツインテールの少女が居た。
あの写真と同じ少女……つまりは005だ。
「……れい?」
慌てた様にしている幸……もとい『れいちゃん』に違和感を感じたのか、心配する様に005は幸と向き合う。
背は高いように見えたけれど、『れいちゃん』の身長がかなり高いからか、005は幸よりも低く見える。
「何かあったの?そんな顔して……」
まるで今は何も無い様な言い草で言う005に、幸は困った様に告げる。
「姉ちゃん、なんであの2人、さっきから……」
「……ん?」
幸の質問に、005の表情は不審そうに歪む。
「待って、『姉ちゃん』って何?!」
「えっ……」
そう言われても、幸には『れいちゃん』が分からないのでどうしようも無い。
「えっと……なんて呼んでた?」
「え……何、記憶喪失?普通に005って呼んでたけど……」
案の定困惑されて、それに留まらず詰め寄られる。
「でも……忘れたとしても、何で『姉ちゃん』?!ビックリしたんだけど……」
「ま、まぁ、それは一旦置いといて貰って……」
幸は苦笑いしながら誤魔化す。
『れいちゃん』は分からないし、それよりも聞きたい事があるからだ。
「……ねぇ、あの2人……何してるの?」
コソッと幸が耳元で言うと、
「ほんとに何も覚えて無いんだ……」
と、心配そうに言われる。
そして、少し言いずらそうにした後、005は冷静に話し出した。
「……あのね、ロクと016は毎日こうやって、自分を保ってんの」
「ロクは殴られる事で、016は殴る事で」
「こうしないと2人は生きていけないから、私は黙ってそれを見てるだけ」
「れいも……それは、知っていたハズだよ」
床に倒れ込む様に2人は息を荒くしている。
……終わったのだろうか。
005は「よいしょ」っと近くのペットボトルを持って立ち上がり、倒れ込む006に近づく。
「……ん、」
「ありがと」
005の差し出した水を飲む006をしばらく眺めてから、幸も床に四つん這いになって息を整えている少年の方に近づく。
『毎日こうやって自分を保ってんの』
幸の頭には、先の005の言葉が繰り返していた。
『016は殴る事で』
「……れいちゃん?」
幸が近づくと、少年は相変わらず『れいちゃん』を呼んで見上げる。
そんな少年に、幸は一言投げかけた。
「……ちょっと来て」
『こうしないと2人は生きていけないから』
……先の005の言葉を、頭の端で繰り返し思い出しながら。
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