第38話 ちょっとだけ、コワかった話


 そこは一本道でした。

 左側は高台に面しているので法面が、右側は建物を建てるために仮囲いが連なっていて、二百メートルぐらい先にある十字路までそんな感じで続いていました。歩行者専用の道でして、自動車は入れません。


 昼間、あまり人通りがない中でその道を歩いていました。道幅が三メートルほどですが、すれ違う人もおりませんでした。

 後残り、三分の一という辺りだったでしょうか。後ろから、呪文のような男の声がはっきりと聞こえました。ゾワっと背筋が粟立ちました。その言葉が聞こえてきたのは、一度きりで短い言葉でした。


 振り返ること無く足早に歩き、十字路まできてから後ろを振り返ってみたのです。でも、誰もいません。五十メートル後ろあたりに年配の男性が歩いているのが見えしたが、他には誰も。


 あの言葉は、日本語でも中国語でもハングルでもありません。後ろにいるその年配の男性が話した言葉とも思えないのです。

 何よりもはっきりと聞こえたその言葉は、私から数メートルも離れていない場所で発されたもののはずです。

 しばらくは、プチパニックのようになり兎に角先を急ぎました。



 私の脳は後ろから声が聞こえたとしか判断できておりませんでしたが、身体はもう少し状況をきちんと捉えていたようです。右側の肩甲骨から肩、首筋にかけてゾワゾワし続けていました。そこから考えるに、声がしたのは右側なのでしょう。右側は仮囲いになっている所です。


 後日、工事日程を見ると丁度その日は仮囲い設置の最終日。まだ仮囲いで完全に囲まれていない時期にそこを通った時、何人かの作業員をみかけていました。日本人もいたんですが、少し肌の色の濃い人達も作業をしていたのを覚えています。この頃、インドネシアやフィリピンなどからの人達が工事作業員として働いているという話を耳にしますので、そうした方々ではないかと思います。


 賢明な皆様はお判りだと思います。そうです。後ろから聞こえた声の主は、多分仮囲いの向こう側にいた作業員の方だったんでしょう。一人分の声しか聞こえていなかったので、電話をしていたのかもしれません。


 呪文のようなと思ったのは、言葉がヨーロッパ系でも東アジア系でもないことが一つ。判らない単語の連なりが、そんな風に聞こえてしまったのだと思います。


意味がわからない言葉だけが突然聞こえてきて、それが聞こえたのが後ろだから当たり前ですが人影なんかもなく。そんな感じだったので呪文みたいに思えてしまったのではないかと(汗)。


 落ち着いて考えてみれば「なんだ」な話なのですよ。でもね、直後は本当にゾッとしてコワかったんです。

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