5/1 AM:瑞々しい蜜柑は泥に塗れる

 花散しのぶの朝は早い。

 昨晩は夕食を与えられた客室で食べ始めていると、途中で乙女が自分の夕食を持って訪れた。一人で食べるご飯は味気ないと思っていたが、他愛のない話に花を咲かせることで箸もよく進んだ。その後、仕事を終えたからと顔を覗かせてくれたろく糸と喰無と共に湯浴みを済ませ、広間で緒児に群がる童子と遊んだ。

 童子たちが眠気に抗えなくなった頃合で花散も部屋に戻る。ネットも繋がらない環境なため一人で何かをすることもなく早々はやばやと床に就いた。

 日付が変わる前に就寝したからというのもあるが、花散の朝が早いというのはそれ以前の話である。


「んー、乙女さんから貰ったパック最高。 もっちりするし、ベリーの香りがよきよき。そして何より楽。帰ったら買おうかな」


 我が物顔で屋敷内を闊歩しているようで、花散が許可されている行動範囲は狭い。異なる種族が暮らす屋敷なのでこの手のルールは守るべきだということは花散も理解しているため、なにより案内してくれた乙女の顔に泥を塗らないためにも遵守している。

 遵守するにあたって直面した問題はどれだけ朝早くに起きても顔を洗うために洗面所を利用できないこと。この屋敷は大所帯のため、稲穂と染井を除いた者は大浴場の使用が定められている。人の身である花散が使用してよい時間は限られており、そして朝は使用できない状況であった。朝餉の準備のために早朝より活動する者たちが多いからと言われたら花散も不満を口にすることはできない。

 とはいえ、近場のコンビニに行くときでさえ最低でもパウダーをはたいて眉を描きたい花散にとってこれ以上にない絶望であった。すっぴんで人前に出るとか絶対無理。膝から崩れ落ち、頭を抱えるという絵に描いたような落ち込み方をする花散に乙女はデイリー使いのできるフェイスマスクを一箱渡した。


「コテかアイロンが欲しいけど、乙女さんは持ってないんだろうなあ。雪女は熱に弱いって図鑑にも書いてあるし……佐鳥さんは持っていても貸してくれないだろうし」


 洗顔からスキンケア、そして保湿下地の全てを担ってくれるフェイスマスクは朝が忙しい人には欠かせないアイテム。

 花散はフェイスマスクの濃厚なベリーの香りをめいいっぱい吸い込みながら肌を潤していく。時間になってフェイスマスクを剥がせばもっちりとした肌ができあがる。その肌を楽しむように人差し指で頬をつつき、にっこりと口角を上げる。

 上機嫌に鼻歌を歌い、コスメポーチからリキッドファンデーションやフェイスパウダーといったベースメイクを取り出す。指先に乗せたファンデーションを薄く伸ばし、肌に馴染ませる。ムラなく塗れたらフェイスパウダーをはたき、それからナチュラルブラウンのアイブロウで眉を描く。

 登校時間を気にせずメイクができることをいいことにのんびりしていると、廊下から足音が聞こえてきた。朝から慌ただしいなあと聞いていると、一歩一歩が強く速い足音は部屋の前で止まったことに気付き、花散は顔を上げる。


「居候がいつまで寝ているつもりだ!」


 スパンッと勢いよく開かれた襖。同時に飛び込んできた怒鳴り声に花散はベースメイクを終えたばかりにも関わらず、眉間に深い皺を刻む。

 気分良くメイクしていたのに台無しだと深い溜め息を吐いた後、まだリップグロスを塗っていない乾いた唇の隙間からべえっと薄紅色の舌を出す。


「残念でしたー。もう起きてまーす」

「…………」

「狐も豆鉄砲を食らったって顔するんだ。めっちゃウケるんだけど。写真撮っていい?」

「やめろ」


 どうせ布団にくるまって惰眠を貪っているのだろう。そう決めつけていた米吉は制服に袖を通し、メイクまでほとんど済ませている花散の姿を見て目を丸める。

 その反応を見た花散はけらけらと明るい笑い声を上げ、耳障りだとでもいうように米吉は舌打ちをする。そうしていると視界の端に光るものが入り込み、引き寄せられるように視線を座卓と畳に移す。散らばったコスメ用品は米吉にとって見慣れないものばかりで、無意識のうちに和紙に包まれた照明の柔らかな灯りで煌めくアイシャドウパレットに手を伸ばした。


「女の子はね、準備することが多いの。だから夜遊びして翌日まるっと予定なしってことがない限り早起きなんだよ。ちなみに寝坊した日は一限を諦める」

「遅刻を選ぶな」

「すっぴんで学校行くとかありえないから」

「学生は勉学に励むことが本業だ」

「人生は勉強だけじゃないし」


 お気に入りのオレンジレッドのリップグロスを丁寧に塗り、つやつやとした唇で三日月を作る。血色の良い肌を作れたことを確認した花散は散らばしたコスメ用品をポーチの中へ戻していく。

 ふっくらとした肉球を押し付けるようにして煌めくアイシャドウパレットを確認する米吉の様子にからからと笑い、狐にはどんなメイクが似合うだろうねと茶化しながら肉球に覆われたアイシャドウパレットを回収する。

 茶化すような笑い声で我に返った米吉は自分が見慣れぬものに目を引かれたことに、それもよりにもよって花散の前でしてしまったことを恥じて再度舌打ちをする。


「それで、二回も鳥の鳴き声を披露してくれた狐は何の用でここまできたの?」

「稲穂様より貴様の世話をするように命じられた」

「あんたが発狂してたやつね」

「……主命は主命だ」

「で、だから?」


 花散は空気を読んだ上で自己本位なだけで、空気を読めないわけではない。故に、米吉が自分のことを良く思っていないことは理解している。理由が人間そのものを嫌っているのか、それとも不遜な態度をとる花散が不快なのかは不明だが、嫌われていることに違いはない。その米吉がわざわざ足を運んできたという事実は花散にとって警戒に値するものであった。

 短い毛に覆われてもふりとした眉間に寄せられた皺へ目をやりながら次の言葉を待つ。花散の隠す気がない態度に米吉は苦虫を噛み潰したような顔で答える。


「世話役は貴様を監視するためだと呑み込んだ。しかし、俺は忙しい」

「大きな足音を立ててぱたぱた走り回ってるよね」

「日頃の仕事と監視を両立するために、貴様に俺の仕事を手伝わせることにした。衣食住を提供しているんだ、少しは働け」

「分かった。髪まとめるから五分くらい待って」

「…………」


 文句一つなし、しかも即答であった。

 想定外の反応に米吉は呆気に取られる。その間に花散は鏡を見ず胸下まで伸びたオレンジブラウンの髪を百円ショップにでも売っているような黒いヘアゴムで高く束ねる。髪をまとめたらポーチを適当に鞄の中につめこみ、米吉に声をかける。我に返った米吉は険しい顔に戻して部屋を出る。

 感じの悪い米吉の態度も気にせず、花散は目的地に向かう間あれこれ喋り始める。


「狐はさ、偉い立場の狐なの?」

「狐、狐と何度も呼ぶな。失礼な人間だな」

「自分のこと棚上げしすぎ。だったら私を人間って呼ぶのやめてよ」

「貴様の名前なんて覚えているわけなかろう」

「花散しのぶっていうちょー可愛い名前を覚えてね」

「名前を体で表せるように努力をすることだな」

「……?」


 花散が喋る度にぴんと伸びた黒毛の耳がぴくぴくと震える。それが面白くて花散は喋り続けているなどということを米吉が知る由もなく、花散を黙らせるために嫌味を口にする。しかし、自他共に認める残念な頭をした花散には遠回しな言い方では通じず。嫌味を嫌味として捉えていたところで、その程度では花散が傷つくことはない。

 打っても響かないことを察した米吉は花散を黙らせることを諦める。同時に無知な子供相手にムキになっている己の行動を振り返り、なんと浅ましいものかと猛省する。そして、どうせ人間として糾弾するのならば知識がある方が良いだろうと花散がした最初の質問に答える。


「稲穂様が神と成られる前から共にしており、神と成られてから今日まで片時も離れず仕えている。いわゆる眷属というやつだ」

「皆さ、あいつのことを神様だったって過去形で言うよね。なんで?」

「人間の貴様にそれを言われると腹立たしいな」

「人間はたくさんいるので個人で見てくださーい」

「頭は回らぬくせに、舌はよく回ることだ」

「待って。頭が悪いことは認めるけど、ちゃんと回るから。馬鹿は馬鹿なりに考えるからね」


 否定するところはそこでいいのか。米吉はチベットスナギツネのような目をして溜め息を吐く。ぷるぷるの肉球により可愛らしい足音を鳴らしていた足を止め、どういう顔をしてそのようなふざけたことを言っているのか確認してやろうと振り返る。

 そして後悔した。初日に見たメイクの崩れたどろどろの顔と異なり、昨日見たアイラインを色濃く引いて盛られた顔とも異なる。シンプルなメイクで血色を良くした顔で頬を膨らませる、自分たちから見ればまだまだ幼い少女の姿に米吉は歯軋りをする。


「え、何その顔」

「貴様は神と妖怪の違いを知っているか?」

「無視かよ、まあいいけど。えー、神と妖怪に違いなんて考えたことないや。ん-、そうだなあ。神様はすごくて、妖怪は怖いとか?」

「それは誰にとってだ」

「誰にって、そんなの」


 開きかけた口を閉ざす。そして、腕を組み熟考する。花散が口を閉ざしたことで一人と一匹の間にしばしの沈黙が流れる。外からは童子の笑い声と鳥獣の鳴き声が聞こえてくる。その音に耳を傾け、花散は思う。

 この屋敷には様々な種が住んでいる。それこそ、人間と呼ばれても特定の誰かを示せるくらいに。中には人の身ではありえない力を持っている者もいる。その力をもってすれば神頼みなんてせずとも問題は解決できるだろう。

 そこで花散は思い出す。この屋敷に来た日、佐鳥から聞いた話を。


「人間に信仰されたから神様になって人間を好きになるの? それとも、人間が好きだから力を貸して信仰されるようになるの?」

「この国には八百万の神がいると言われている。故にどちらからとは決まっているわけではない。そのどちらでもない場合もある」

「つまり、神様と妖怪の違いの一つに人間から信仰されているかそうでないかってことでしょ。人間の信仰が離れたから神社の機能も失われて神様じゃなくなった。……あ、だから米吉は私というより人間そのものが嫌いなんだ」

「貴様は口は災いの元という言葉を覚えるべきだな」

「でも、そこまで影響するものなの? 信仰って言ったらなんか凄いものに聞こえるけど、要するに神頼みってやつでしょ。自分じゃどうしようもできないから神様お願い助けて〜みたいな」

「馬鹿丸出しだな」


 花散は手を組み、天井を仰いで情けない声で信仰を表現してみせる。数秒前まで、頭は悪いが回るというのはあながち嘘ではないようだと、関心しようとしていた米吉は鼻で笑って撤回する。

 そもそも信仰とはどういうものなのか。そこから説明する必要があることを理解した米吉は頭を痛め、糾弾するのならば知識がある方がいいだろうと考えた数分前の自分を恨めしく思う。今すぐ会話を打ち切って放置したい衝動に駆られる。しかし、主命を投げ出すわけにはいかないと寸前で堪え、赤子でも理解できるよう噛み砕いて説明してやろうと長い口を開く。

 しかし、米吉が声を発するよりも先に童子の大きな声が一人と一匹の会話に割り込んでくる。


「あー! しのぶが米吉様と一緒にいる!」

「今度は何をやらかして米吉様に叱られてるの?」

「緒児くんの胃が爆発しちゃうよー」

「どかーん!」

「ばぁん!」


 顔も手足もを泥まみれにした童子が声を上げて駆け寄ってくる。裸足で畑仕事をしていた彼らは屋敷を汚さぬよう、花散を見つけた勢いで縁側に上がることはせずその手前で足踏みをする。

 両腕を広げながら爆発を表現する無邪気な童子に花散は唇を尖らせる。


「まだ何もしてないって」

「これから何かするつもりなの?」

「そのときしだいかなー」

「米吉様は忙しいんだから朝早くから悪戯なんてしちゃだめだよー」

「だめだよー」

「えー、皆は狐の味方なの? 悲しくて涙が出ちゃう」


 天まで届きそうな賑やかな童子たちの声に負けじと騒ぐ花散は会話を弾ませながら靴下を脱ぐ。丸まった靴下をその場に放置しかけること数秒、自室でもあるまいし乙女の所業ではないなと思い直す。皺を伸ばすほど丁寧ではないが、靴下を簡単に畳んだ花散は縁側から飛び降りるようにして童子たちの横に並び立つ。

 日焼けこそしてないものの、太陽の光をたっぷり浴びて育ってきたのであろう健康的な足を飾るジューシーなオレンジに染まった爪に目を奪われた米吉は反応が遅れる。

 米吉が慌てて制止の声を上げたときには既に、ひらりひらりと揺れるスカートから膝の裏を覗かせながら畑の中に入っていた。


「待て。貴様、畑仕事をするつもりか」

「え、そのつもりで連れてきたんじゃないの?」

「いや、だとしても格好というものが」

「格好もなにも制服しかないし。そうそう、聞いてよ。乙女さんがさ、不自由ないようにっていろいろ貸してくれたの。寝るときの浴衣からサンプルがたくさんあるからってスキンケアのセットまで! でさ、制服だけなのも不便でしょって洋服も貸そうとしてくれたんだけど……乙女さん華奢だからサイズ合わないの! 背丈は変わらないのに腰周りと足の長さがね! ずり落ちるわ、引きずるわでダサい格好になりそうだったからさすがに借りれなかったというかさあ」


 一つの質問に対して十以上の言葉を添えて返す。しかも、口と中いっぱいに溜め込んだ西瓜の種を勢いよく吹き出す勢いで押し付けてくる。花散は話している間も手を止めることがなかったため、米吉が着替えを勧めようとした頃にはグレー地にタータンチェックのチェック柄のスカートは土に汚れていた。


「うわ、このえんどう豆おっきいね」

「それはぼくが育てたの!」

「すごーい。こういうの見てると小学校のとき育てた朝顔とか思い出す」

「しのぶ、朝顔育てたの?」

「だいたいの小学生は育ててると思うよ。誰のが一番に芽を出すかとか、一番大きくなるのは誰なのかとか競争してね。そんで、たくさん集めた種をフィルム入れる白いケースにつめて持って帰んの」

「持って帰ってお家で育てるの?」

「どうだろう。私は部屋に飾って……どこやったかなあ」


 丸く整えられた長い爪からでは想像できないほど、花散の野菜を収穫する手つきは慣れたものだった。

 童子の一人がそれを指摘すれば、花散はカラカラと笑い声を上げて、多趣味の友達が校内の花壇で家庭菜園を始めたので手伝っていることを語る。

 学校の花壇を完全に私物化しているのではないか。そう思ったのは米吉だけで、童子たちはすごいすごいと持て囃すばかり。鼻筋の通った鼻を天狗のようにぐんぐんと伸ばす花散に米吉は溜め息を吐いて、収穫された野菜を載せた竹籠を脇に抱える。


「米吉様?」

「厨に行くついでだ。持っていこう」

「え、で、でも……」

「もうすぐ朝餉の時間だろう。泥を落としてこい」

「は、はい! 米吉様、ありがとうございます!」


 米吉から竹籠を受け取ろうと、小さな手を伸ばした童子たちは柔らかそうな頬を緩めて深くお辞儀する。それから各々の畑用具を抱えて、ぱたぱたと可愛らしい音を立てて畑から離れる。畑から洗い場までについた泥塗れの深い足跡を少しの間眺めてから、花散はにやにやと笑いながら米吉の隣を歩く。

 花散としては温かい目で見守っているつもりだが、米吉からしたら茶化された気分になったのだろう。露骨な態度をとり、盛大な舌打ちをする。


「気味の悪い顔をして何が言いたい」

「優しいところあるじゃん」

「ついでだと言ったろう」

「なになに、狐はツンデレってやつ?」

「うるさ……否、こういうものをうざいと言うべきなのだな」

「わざわざ酷い言い方にしなくてもいいじゃん!」

「寄るな、触るな。貴様は童子たちと足でも洗ってこい」

「はぁい」


 畑にいた童子の数だけある竹籠を米吉だけで持つのは大変だろうと思い、半分受け取ろうとする。だが、米吉はそれを拒む。渡してたまるかと竹籠を抱える両腕を限界まで上に伸ばし、それはもう全力で拒む。

 そこまでしたところで狐は狐。身長差と腕の長さから花散が米吉から竹籠を奪うことは容易いことであった。しかし、そうしてしまえば童子たちと畑仕事をする姿に和んだのか呆れたのか、敵意がほぐされて柔らかくなった声色がまた刺々しくなることだろう。

 ここは素直に従うべきか。そう判断した花散は間延びした緩い返事をして、弾む足取りで童子たちを追いかける。


「しのぶも洗う?」

「うん、洗わせてー」

「いいよ!」


 くすんだ青色のホースを持ってはしゃぐ童子の輪に混ざる。ホースから惜しみなく出される水は冷たく、泥がへばりついた足を白くする。末梢からすーっと冷えていく感覚を覚えながら、童子から受け取った薄茶色のタオルで足を拭う。

 早起きしてからの畑仕事はさすがに疲れる。そう考えながらぼんやりしていると、霧状の細かい水滴が丁寧なベースメイクと持ち歩きに便利なチークで作り上げた血色の良い肌を濡らしていく。

 雨でも降ってきたかと見上げれば、顔を出した太陽が薄い雲を衣のように纏っているだけ。首を傾げれば、弾んだ声が花散の名前を呼んで注目を促した。


「ねえねえ、見て! こうすると虹がかかるの!」

「しかもね、水がシャワーみたいになってきもちーの」

「でもこれ、米吉様にばれたら叱られるからね。しーっの遊びなの」

「おっと。私のことを言えない悪戯っ子だ」


 ホースを持った童子は太陽に背を向け、親指と人差し指で口を潰したホースを右へ左へ揺らす。潰れた口から空に向かって勢いよく飛び出した水は弧を描いて地面に叩きつけられる。

 その中に浮かび上がる虹に童子たちは世紀の大発見でもしたかのようにはしゃぎ、花散に報告をする。その姿に花散が笑えば童子たちは目を輝かせてもっと大きな虹を作ろうとホースを大きく振る。

 これは泥が落ちてもびしょ濡れになって怒られるんだろうなあと思いつつも、高校生になってからこういう水遊びをしたことはないと思い、足を乾かしたばかりにも関わらず混ざろうとする。


「あれ」


 一歩踏み出した先がぐにゃりと歪む。足の裏に触れている地面は確かに硬いはずなのに、波打つように揺れている。バランスをとるために手を前に出す。それだけでは足らず、身体が傾く。童子の頭と爪先の位置が反転する。童子たちの努力により浮かび上がった大きな虹がちかちかと点滅する。

 花散の名前を呼ぶ声が遠くから聞こえてくる。その声はどこか必死で、花散はなんて声出してるのと笑おうとするが唇を動かすこともできず、重たくなった瞼を閉じた。



〇●〇●〇



 その夢には何もなかった。

 上も下も、前も後ろも、右も左も、それすらない真っ暗な空間。

 地面を蹴り、足を前に出し、歩いている感覚はある。けれど、どこに向かって進んでいるのかは分からない。


 その夢には感覚があった。

 この空間が真っ暗であることを認識できる。

 無味無臭の空気を吸って吐いて、呼吸をしている。

 水が跳ね返る音が聴覚を刺激する。そんな感覚だけは残っていた。


 意味不明で不気味な夢だった。

 ぴちゃんぴちゃんと水音が近付いてくる。得体の知れないものが迫りくる恐怖に耐えられず、走り出す。どちらに向かって走ればその音から遠ざかるか分からず、闇雲に走る。

 どれだけ走っても暗闇以外なく、水音が遠のくこともない。それどころか暗闇は濃くなり、水音は先程よりもずっと近くで聞こえる。


「許さない」


 生温かい何かがぬるりと首に触れる。同時に吐息が耳にかかるくらい近い場所から囁かれる。驚きに悲鳴を上げることはできず、喉が締め付けられる。気道が狭くなり、呼吸がままならなくなる。


「っ……は、ぁ……あ……あ、れ?」


 息苦しさから逃れるようにもがく。足をばたつかせ、首を握り潰そうとする何かを剥がそうと手を首に伸ばす。そして手の平に広がる感触が想定外のもので困惑する。

 首に触れた生温かくてぬるりとしたものではなく、もふもふとした柔らかくて温かいもの。感じていた迫りくる恐怖や不気味さではなく、心を和らげるような安心感。

 確かめるように手を動かせば、可愛らしい猫の鳴き声が鼓膜を震わせる。


「……寝てるときに顔に乗られると息ができなくて苦しいからやめてほしいなあ」

「その子が乗ったのはあんたが魘されるだけではなく手足をばたつかせるようになってからよ。だからほんの数十秒。起こしてくれたのだから感謝しなさい」

「まさか佐鳥さんが傍にいてくれたなんて、びっくりー」

「あんたの看病をしていたのは喰無と緒児。いつまでも仕事を抜けさせるわけにはいかないから追い出したけどね」


 息苦しさの正体が黒猫が鼻も口も塞ぐように顔の上に乗っていたからだと理解した花散は脱力し、両腕両足をだらんと伸ばす。花散が目を覚ましたことを確認した黒猫はざらりとした小さな舌で頬を舐める。

 朝から姿を見かけなかったので自分の傍から離れていったとばかり思っていたがそうではないらしい。心配するように弱々しい鳴き声を上げて頬にぴっとりとくっつく黒猫を眺めながら、花散はそろそろこの黒猫に愛称でもつけた方が良いだろうかと考え始める。


「体調が悪いなら早く言いなさい」

「大袈裟だなあ。ちょっと気が抜けただけだよ。ほら、見て。この血色のいい顔」

「隠すにも限界があるみたいね」

「嘘、まじ? 最悪」


 冷たい声が頭上から降り注ぐ。倦怠感に唸り声を上げながら視線を移せば、自分を見下ろすゴールデンイエローの目と視線がぶつかる。垂れ下がる艶やかな黒髪と合わさり、佐鳥の双眼が夜空に浮かぶ月のようだと思った。

 体調不良を指摘されてから胃のあたりがキリキリと痛みだす。ほんの少しだけ眉間に皺を寄せてから、痛みを誤魔化すようにぱっと笑顔を浮かべて惚けてみせた。

 倒れてもなお軽薄な調子でいる花散の様子に呆れた佐鳥は、長話をしたくないとでも言うように本題に切り込む。


「悪夢はいつから見るようになったの」


 冷え切った両頬を手で覆い、佐鳥さんってば私のことよく見ている。なんて茶化そうとしたところに切り込まれた花散は開きかけた口を閉ざす。

 黒猫を抱きかかえて重たい身体を起こし、息を吐く。それから此方側に迷い込んだ日の夜に浮かんでいた月のような双眼を見つめる。

 デカ目効果いらずの黒目だと思っていた方がカラコンでこっちが本来の色なんだろう。綺麗な色をした佐鳥の目を羨ましく思いながら、昨日から借りている図鑑の内容を思い出す。


「すごいね。覚ってそこまで読めるんだ」

「…………」

「あ、誤解しないでね。誰かが私に教えたわけじゃないよ。むしろその逆で、聞いても教えてくれなかった」

「その道には暗いと思っていたのだけれど」

「そのみちにはくらい」

「……民話とかオカルトの知識は皆無でしょう」

「ああ、そういうこと。うん、まだ英単語の方が知ってると思う」


 一年生にして留年の危機に陥り、今年もゴールデンウィーク目前に既に進級が危ういと言われている花散がどれだけの英単語を知っているというのか。英語が唯一の得意科目ならば話は別だが、花散が今思い浮かべている英単語を読み取る限りそういうわけでもない。

 そんな花散がどうしてその種族名に行き着いたのか。眉を顰めて、不快感を露わにする。取り繕うつもりもない態度に花散はケラケラと明るい笑い声を上げる。


「貴方はなぁに? って聞けば、だいたい教えてくれたんだ。鬼とか二口女とかろくろ首とか、いろいろいるんだね。でも佐鳥さんは嫌がるし、誰も教えてくれないから知られたくない理由があるんだろうなって思うじゃん。それで、染井さんが貸してくれた図鑑をぱらぱらーと見てたら佐鳥さんと同じ名前の種族がいるし、人の心を読むって書いてあったからそりゃ知られたくないわけだって納得した感じ」

「そう」


 佐鳥さとりさとり

 単純だと笑いたくなる捻りのない姓だが、人の心を読む妖怪として妖怪画集や民話に取り上げられる存在と結びつける人間なんてまずいない。あるとしたら節操無しの妖怪マニアである。佐鳥はそういう人種には徹底して近寄らない。

 そもそも、人の心を読めるからこそ人間を毛嫌いしている。人の姓を見るなり妖怪の覚と同じ読み方だなんて語るようなコミュニケーションの取り方をするような人間は、雪女の乙女よりも背景が吹雪いて見えると言われる佐鳥を避けて通る。

 だから、人間に姓と種族を結び付けられ、指摘までされたのは初めてのことであった。余計なことをと舌打ちしたくなるが、図鑑を貸したのは染井のためそうもいかず。

 人間嫌いでなかったとしても、佐鳥は花散をきらっていた。そんな相手に見抜かれたことは想像以上に不愉快だと佐鳥の苛立ちは増す。だが、そこで怖気付くような花散ではない。というより、そこで読める空気を無視して発言をするような性格をしているから佐鳥は花散を嫌っているのだ。


「てか、酷くない? 人の心を勝手に読んでおいて黙っていても騒がしいとかさ!」

「え、怒るところはそこなの」

「私よりも考え事が多くて騒がしい人とかいっぱいいるでしょ。狐とか絶対そうじゃん!」

「あんたの場合は声そのものが大きい」

「へえ。心の声にも大きい小さいがあるんだ」

「私の体感になるけれど、自己主張が激しい人ほど大きい」

「私じゃん」


 こいつ、シンプルに嫌い。

 佐鳥が嫌悪感を強めていることなどお構い無しに花散は頬を膨らませて怒っていますよアピールをしてみせる。そのあざとさが癪に触り、数十秒前に我慢した舌打ちをする。

 このままでは花散のペースに乗せられて話が進まない。冷静になろうと頭を左右に振る。艶やかな黒髪が馬の尾のように左右に揺れ、黒猫は花散の腕から抜け出し佐鳥の毛先にじゃれつこうとぷるぷるの肉球がついた前足を伸ばす。


「で?」

「んー。これ最悪な夢ーって思ったのはここに来た初日の夜かな。でも思い返せば乙女さんに気絶させられたときもそんな感じだったかなあって」

「つまり最初からってことね。気付かなかった私も私だけれど、あんたもよくその状態で平然としていられるわね」

「え、なに。やばめな感じ?」

「そのあたりは先生に説明してもらうわ」


 その言葉を合図に襖が開く。音に釣られるように目を向け、花散は息を呑む。

 白色のレース足袋を履いた足が畳を踏む。同時に、頭部から生える枝分かれした大きな角を飾る和玉がしゃらりと音を奏でて揺れる。パステルカラーの和玉は金平糖のようで、白を基調とした上品な着物に対して少々可愛らしすぎるものであった。

 鹿の角を生やしたその人は花散の傍らで正座をし、両手を前について頭を下げる。一つ一つの所作が美しく、絵になるとはまさにこのこと。

 そう思うのも束の間、鹿の角を生やしたその人が頭を上げると皺一つ着いていない膝の上に成人男性の手の平くらいのサイズをした淡緑色の奇妙な生き物がぴょんと飛び乗り、花散の目は点になる。


「花散しのぶ様は呪われております。と、先生は仰っております」

「…………」

「呪いを解くにはまず呪いの元凶を把握する必要があります。そちらは米吉様を中心に調査をしていただいておりますので、それまでの間は安静にしていただきたい。と、先生は仰っております」

「…………」

「さりとて、悪夢に魘されながら寝るのもよろしくない。より深き眠りへと誘う香を焚くことを応急処置とさせていただく。と、先生は仰っております」

「…………」

「何かご理解いただけないところがございましたでしょうか。と、先生は仰っております」

「…………えっと、うん、うん。言いたいことはなんとなーく分かった。分かったからあえて言わせて」


 耳の中を直接くすぐるような、頭の中がこそばゆいような、不思議な感覚に襲われる。不思議な感覚に襲われる度に鹿の角を生やしたその人が発言するため、それが淡緑色の奇妙な生き物の発声だと察する。

 困惑の表情を通り越して無表情になった花散は鹿の角を生やしたその人と小さな身体を小刻みに震わせてぷるぷるとしている丸い奇妙な生き物に釘付けとなる。言いたいことはなんとなく分かったと言っておきながら、鹿の角を生やしたその人が語ることの八割ぐらいは右から左へ抜けているのは言うまでもない。


「このぷるぷると震えた小さいおじいちゃんみたいな人? は何? そして鹿の角みたいなの生やしたこの女の人は誰」


 この屋敷には見た目が独特で人間離れしている者などたくさんいる。喰無の後頭部には大きな口がある。ろく糸は首が長い。米吉なんて二足歩行する狐だ。なので鹿の角が頭から生えていることや丸くて小さな淡緑色の身体をした生物なんて今更の話。

 だが、あまりにもシュールな光景なのだ。後光が差していそうな美しい人の膝の上でぷるぷると小刻みに震える奇妙な生き物。なんだこの組み合わせはと聞きたくなるのも仕方がない。

 奇妙な生き物から目を離さず、尻尾を左右に揺らめかせて低姿勢となった黒猫を抱きかかえてから花散は佐鳥に説明を求める。


「稲穂様の屋敷に常駐されている医師と助手よ」

「人間の治療もできるの?」

「さくら様と契りを結ぶにあたり、稲穂様は人間も診れる医師を連れてきたわ。当然のことじゃない」

「それもそうね。で、この助手さんは……」

「先生は私たちにも理解できない言語を扱われるから通訳が必要」

「あ、耳がもしょもしょとする感じなのは私にだけじゃないんだ」


 花散に抱きかかえられた黒猫は不満そうに鳴き声を上げる。やっぱりあの生き物を狙っていたなと花散は苦笑いを浮かべ、黒猫を宥めるように前足を撫でおろす。

 黒猫に狙われていたことを察した奇妙な生き物は丸い身体を仰け反らせ、短くて小さな手を右へ左へと慌ただしく振る。それから逃げるように白い着物をよじ登り、枝分かれした角の間に身を潜める。

 全く隠れていない身体に花散は笑いを堪えながら、呪いの話を聞いている間に浮かんだ一つの疑問を投げかける。


「ねえ、此方側ってどうやってくるの?」

「は?」

「私、訳が分からないまま此方側に来たじゃん。でも、こういうのって本当は手順みたいなのがあるんでしょ。だからあのとき、私のことを招かざる人間って言ったのかなって」

「頭悪いくせによく覚えているのね」

「頭の悪さと記憶力の悪さは必ずしも比例するわけじゃない。って、海遊が言ってた」


 むんっと胸を張って誇らしげな顔をするが、決して自慢できることではない。それを嫌味で言ったところで倍の言葉数で調子のいいことを言い始めるというのは想像に容易い。

 花散が目覚めて一時間も経っていないというのに疲れ果てた佐鳥はこれ以上の長居をしたくないと脈絡もなくされた質問に答える。


「鳥居を潜った先にある神社で参拝するのよ。二礼二拍手一礼。それから稲穂様にご挨拶をして招いてもらう」

「それをしたら誰でも此方側に来れるの?」

「通行証を頂いていればね」

「ふうん」

 

 事実だけを述べた簡潔な説明。だというのに、花散は話を聞いてにやにやと意味ありげな笑みを浮かべる。

 何こいつ気持ち悪い。急に笑い出す姿に引いた佐鳥は迂闊にも花散と目を合わせてしまう。


 さとり。人の心を読む妖怪。

 その力はテレパシーなどの超感覚的知覚とは異なり、生物として備わった基本的な能力である。人間の基本的な身体的機能には発声が備わっており、言語を学ばなければ発語はできない。佐鳥にとって人の心を読むというのはそういう類のものである。

 意図せずに人の心を読んでしまう時期もあったが、稲穂の下で訓練することにより今では零にするまではいかなくとも、意識的に調整できるようになった。高校の集団生活において生活音に混ざって心の声が聞こえてくることはあれど、駅のホームやファミレスで聞こえてくる他人の雑談程度のものである。

 そう、花散のように喜怒哀楽がはっきりとしていて感情の表出が強いタイプでなければ、佐鳥が意図しないところで必要以上に人の心を耳に入れることはないのだ。


「うざい」

「私、何も言っていませーん」

「表情が煩いのよ」

「心の声ですらなくなった!」

「読むまでもない」

「あいたっ」


 逆に言えば、花散のように黙っていても煩いタイプは意識的に逸らさないと心の声が押し付けられるということだ。

 うっかり目を合わせてしまった日には、今のように私のこと毛嫌いしてるくせに質問には丁寧に教えてくれるよね。なんだかんだ優しー! てか、ツンツンしてるしてるだけで実はそんなに嫌われていないのでは? ははーん、これが朱道がたまに語るツンデレというやつか。話を聞いてた感じ、めっちゃ面倒臭いしうざいじゃん。みたいな感じだけど、なるほどなるほど。面倒臭くてうざいけど、こういう一面があると全部可愛く見えてくるなー。などという非常に不愉快極まりない思考が聞こえてくるのだ。

 不慣れな土地、未知の世界、これに加えて呪いのせいでろくに眠れていない。いくら嫌っている相手であろうとさすがに同情するところがあると思っていた時間を返してほしい。心からそう思った佐鳥は、これまで堪えていた手を遂に出す。

 寝癖のついた花散の頭頂部を叩く。できる限り強く。それでも花散は痛みを訴えながらも照れ隠しだとにやつく顔を歪めない。カーネーションピンクのチークが薄れた頬を抓ったところでようやくにやけ顔を消すことができた。

 二人のやりとりを眺めていた鹿の角を生やしたその人は陽だまりのように柔らかい笑い声を漏らす。


「心様が人間のお友達と仲良くされているようでなによりです。と、先生は仰っております」

「お待ちください。それは不名誉極まりない誤解です」

「待つのは佐鳥さんだよね。それじゃあ、まるで私と仲良くなることが不名誉みたいな」

「そう言ったつもりだけれど、理解できなかった?」

「理解したくない! ねえ、佐鳥さん、私のこと嫌いすぎじゃない?」

「シンプルに嫌い」

「そういうことは口にしなくていいよ。私が言うのもなんだけど、しなくていいから!」

「いい機会じゃない。人の振り見て我が振り直せ」


 前髪が割れて露わになった額を叩き、立ち上がる。これ以上この場にいればあらぬ誤解を招き、ろくでもない噂が広がりかねないと判断して一秒でも早くこの部屋から出ていこうと佐鳥はいつもより大股で襖へ足を運ぶ。

 部屋を出ていく直前、ふと考える。花散がした質問について。なぜ今更此方側に来る方法を気にしたのか。質問から時間が経ってしまった今、花散の心を読んでもその答えを得ることはできない。だからと言って話題を蒸し返すためにこの場に留まることもしたくない。

 しばし考えた後、想像の域を超えない可能性に辿り着く。もしそれを考えているのであればと思い、佐鳥は今頃瞳孔をかっぴらいて走り回る米吉を思って、花散に釘を刺すことにした。


「米吉様はああ見えて情に厚いお方よ。これ幸いと見捨てず、なんとしようと奔走しているからあんたは大人しくしていなさい」

「佐鳥さんならこれ幸いと見捨てたってことだけは分かった」

「稲穂様の屋敷を汚すようなこと、私がするわけないじゃない」

「オブラートを買ってきて」

「買ったとしてもあんたに使うことはない」


 その言葉を最後に佐鳥は部屋を出ていく。鹿の角を生やしたその人は着物の袖で口元を隠しながら笑う。角の間に座り込む奇妙な生き物もぷるぷると震えを大きくしていた。一通り笑い終えると、お香を取ってくると言って佐鳥の後を追うように部屋を出る。

 途端に静まり帰る室内に少し寂しい気持ちを覚えながら、花散は黒猫を抱えたまま再び横になる。

 喋る元気はあれど眠気や倦怠感は強い。人といるときは気が紛れるが、一人になった途端にどっと襲いかかってくる。かと言って、この眠気に誘われるがまま眠りにつけばあの悪夢がやってくるのだろう。そう思えば寝るに寝れない。


「大人しく、ねえ」


 先程、佐鳥に抓られた頬に触れる。頬からこめかみ、額、それから鼻を通って唇、顎と指を滑らせる。

 手触りがざらついており、肌が少し硬くなってきている。朝、鏡を見たとき小鼻の毛穴も少し目立ち始めていた上、目元にはクマが浮かび上がっていた。

 いつものスキンケア用品ではないのでベストコンディションの肌ではないのは仕方がないとして、それにしても過去最悪の肌状態である。そして、その原因は明らかであった。


 ささくれだった花散の心を宥めるように黒猫は可愛らしく鳴き、頬に小さな頭を擦り付ける。

 ここに来てから誰よりも自分のことを気にかけて愛らしい存在に和み、小さな頭を指先で掻くように撫でれば嬉しそうな鳴き声が上がる。

 和んだところで花散は考える。その時間、五秒弱。考えるまでもなく、答えは出ていた。


「肌荒れの原因を放置するとかありえないよね」


 答えを出しておきながら大人しくしているなんて花散にできるはずもなく、米吉を思って刺した佐鳥の釘はあっさりと抜かれてしまうのであった。

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