第80話 二人の回想

『良かった…』

『ああ』

 小さな蝶が二匹、王宮の庭園を舞っていた。

『でもね、フローライト様は出し惜しみすぎるわ!』

『仕方ない。神は世界に不可侵なのだから』

『なら、ローダークはどうなの!』

『…少々、手を出しすぎだな…』

 蝶は花の下に降りて小さな人の姿へ変化した。

 それはローブを着た蝶の聖女クララと、鎧をまとったジョセフだ。

 彼らはフローライトに掛け合い、少しの間だけ人界に留まって結末を見ていた。

『アメリア…あの時、間に合ってよかった』

 6度目の遡りの世界では、あのままクララが介入しなかったらばアメリアの父ジャックが刑場に乱入し、ルシーダと相打ちする予定だった。

 なぜあの場にルシーダが居たかというと、アメリアの処刑を楽しむためではなく、自身もまた追い詰められていたから。

 騎士団は離れから救出した聖女クロエに協力を得て、王太子および宰相を捕獲し月光石の檻へ閉じ込め、聖女の力と魔剣をもって悪女を誘導して刑場を包囲していたのだ。

『そのままだったら、どうなっていたかな』

 生贄がないので遡りは出来なかったはずだ。

『姉様…ルシーダがいなくなれば、兄様は全てを話したと思うわ』

 ローダークに魂を回収される前に。

『逆行は…』

『ルシーダが居ないと出来ないし、そもそも二人はどちらが欠けると何もできないの』

『そうか』

 ルシーダは人外の力を持っていても不向きな政から国を掌握できないし、メイソンは富と権力があっても人間として出来ることが限られてくる。だからこそ二人は二人が揃っている事にこだわり過ぎた。

『世界を手に入れようとしたというのに、随分と弱気だな』

『…所詮、元は人間だもの。一人じゃ何も出来ない』

 だいたいこの国を掌握して二国にある結界を解いても、騎士団や傭兵は全く協力しなかっただろう。

 何を使って世界征服しようとしたのだろうか。

『だから、私か』

『そうね』

 ジョセフはデュラハンとして死者の軍団の統率を行っていた。

 結局、味方はおらず隷属した者たちだけ。

『…だから、頃合いだと思われたのだな』

『ローダークも気が短いわ』

 寿命がない神だというのに。のんびりしているフローライトの真逆らしい。

 クララは空を見上げる。いつも通りに二つの月が寄り添うようにあった。

『まったく兄様は…』

 最後に見せた、ほんの少しの良心。

『残っているのなら…あんな事をしなければよかったのに』

『走り始めて、もう後戻りは出来ないと感じていたんだろう』

『引き返すのってそんなに大変?』

 クララは良くわからない、とジョセフを見上げる。彼は苦笑した。

『大変なんだ。特に男はそうかもしれない』

『面倒ねぇ!』

『違いない。…だから、伴侶が必要なのだろう』

 メイソンの奥方は次男を産んだ時に亡くなっている。

 それを機に、彼は領地へと戻らなくなった。

『兄様、頑固で寂しがり屋だから…』

『それなら人に…特に息子には、弱いところを見せるのが嫌だったのだろう』

『そういうもの?』

『ああ』

『男の人って本っ当〜〜に面倒ね!!』

 お陰でメイソンの二人の息子は彼に毒されずに済んだが…。

 絶対的な力を持って生還したルシーダに、孤独をこじらせていた彼はつけ込まれたのかもしれない。

『誰もが認める絶対的な…えーと全ての大地を治める唯一の王だったかしら?そんなものなんて、なれないのに』

 二人きりでは、途中で確実に誰かに斃される。

『今まで見たこともなかったルシーダの力に、夢を見てしまったのかもな…』

 幼少時から頭がよく冷静でなんでも出来た少年は、何にも驚かない、感動もない青年に育っていた。

 父から役職を譲り受け、滞りなく政務をこなす日々に嫌気が差したのかもしれない。

 人知を超えた力を持つ事に成功したルシーダが、絶対的な存在に見えたのだ。

『姉様のこと…嫌ってたと思ったんだけどな』

 ルシーダは勉強が嫌いだし、礼儀作法も上っ面だけで人を全く敬わない。特に自分より下と認識したらば会話にも応じないほど、尊大な態度。

 伝承ではかなり誇張して書かれているが、傾国の美女ほどでもない。

 内側から溢れ出る自信が彼女を華やかにさせていた。

『…二人は少しの間、一緒に居たのか?』

『たぶん』

 クララはメイソンよりも七つ年下で、彼女を産んでから母の体調がおもわしく無かったので、母は自分を連れて静養地へ行っていた。

 その時にルシーダの乳母が怪死したから…メイソンは既に物心がついていたはずだ。

『ルシーダはメイソンよりも三つ上だったか。それなら…領地に帰らないお父上や、病弱なお母上よりも一緒にいる時間が長かったろう。兄弟というのは切ろうとしても切れない、繋がりがあると聞いた事がある』

『そういうものかしら…』

 事件のあった屋敷へ病弱な夫人を戻すことが出来ず、クララは母とともに静養地で長く過ごしており、姉兄とはあまり交流がなかった。

 だがその地でジョセフと偶然出会い恋をして、早々に婚約することが出来たのだ。

 もしかしたら聖女たる自分を不穏から守り、騎士ジョセフと合わせるためにフローライトに調整された事柄なのかもしれない。

『…結局、お父様とお母様のほうが長生きしちゃったわね』

 病弱だった母だが今も領地で夫と孫とともに生活しているのだ。

『君の寿命の分なのかもしれないな?』

 最近ちょこちょことある、フローライトの”詫び”だ。

『…長く生きることが良いことなのかわからないけど、元気ならそれでいっか』

 孫二人に心身ともに護られている二人は穏やかに日々を送っている。

 セルトはきちんと情報操作しており、悪い事は全てルシーダとそうするように誘導した乳母…結局はローダークに起因する、としている。

『全てを知ることが得策ではないってことね?』

『ああ。アメリアもそうだろう』

 彼女は悪事の全てを知らない状態で逆行し、勘と持ち前の性格と技量でなんとかした。

『あの子は私に似てたから』

 歪んだ世界でもなんとかしようといつも空回りして、全てを知っているメイソンに先手を打たれていた。

 まるで自分を見ているようだった。

『ふふ、そうだな』

『でもクロエにはちゃんと話しておけばよかったのよ、フローライト様』

 ただ光魔法が強いとしか思っていない孤児に、一体王宮の何が救えるというのだろうか。

 最後はルイスに囚われてしまった。

『だが、対価にはなった』

 普通の人間の魂なら相当数を用意しないと時を遡れない。

『そうだけども』

 クララは物憂げな顔をジョセフへ向ける。

『はぁ…あの歪んだ世界で兄様が全てを話したら…どうなっていたと思う?』

 ウィリアムとルイスは真実を聞いたらどうなるだろうか。

『ウィリアム殿下…いや、陛下は…既に壊れていたから…再起不能になっただろう』

 リリィを失い、弟をその手にかけて、元々心の弱い王が復活するとも思えなかった。

『ルイスは再教育して?』

『ああ。恐ろしい真実に嫌でも愚かな行いを自覚するだろうな。そうすれば…』

 静養地からウォルスが戻り、再度王となり、ルイスがそのまま王太子となる。

 隣国へ逃げたエリオット一族は戻ってきてエリザが正妃となり、クロエは聖女として神殿に入る…おそらくそんな未来だっただろう。

『それがフローライト神の精一杯の介入だったはずだ』

『納得できないわ!』

 せめて自分が生きている時に戻してほしかったと、クララはムスッとした顔をしながら言う。

 そうすれば今居ない人たちも生きていたのに。


 ──自分たちも。


『アメリアと…話がしたかったのよ』

『私もだ。アルフレッドとは気が合うと思っている』

 自分が持っていた魔剣が気を許したから、おそらく同じような気質なのだろう。

 そしてアメリアも…見た目とは違い、元気な妻にそっくりだ。

『彼らは私達の写し身なのかもな』

『…そうね』

 思慮深そうな、嫋やかな外見とは異なりクララもあまり考えない部類だ。「姉のことで相談したい」という兄の弱気な姿につい改心したのかと誘いに乗って一人で行ってしまい…罠に嵌ったことが悔やまれる。

『子供が出来るところまで見たいけれど』

『そろそろお迎えだ』

 祝宴の最中、月が天空へと上って来ていてその光が自分たちを引っ張っている。

 ジョセフは妻の手を取り、二人は再び蝶となる。

 そして、ふわりと舞い上がった。

『…あとの見守りはよろしくね』

 その言葉はただ一人だけに、ひっそりと届けられたのだった。

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