第57話 知らない地下
「鉱山は結局、ドーラを開発することになった」
「!…そうですの。宰相様が押していた場所は?」
アメリアの質問には、アルフレッドが答える。
「ネルスですね。あそこは土着の神が居るようで…それと、水が多いのですよ」
「水が??」
「ええ。水源といえばいいですかね。…あんな場所を掘れば、よほど補強をしないと落盤しかねない」
調査結果としては鉄の含有量が一番多いのはネルスだが、きっちりと調べた結果、水の精霊がやたらと多く麓の村に話を聞いたところ、大昔に住み着いた水神を祀っているという話だった。
宰相命令で派遣されていた調査団からは、もうここを開発することは決定事項だから立ち退く準備をしておくように、とまで言われていてほとほと困っていたという。
もしかしたらメイソンは水神が居る事も知っていたのかもしれない。それでなぜ開発するのかが分からないが。
(危なかったわ。事故はきっと無理な開発と…祀られなくなった水神様が怒ってしまったのね)
冒険者の活動をしていた時も、土着の神はあなどれない、通る時は必ず”祈る”または”貢物をしておく”ほうが良いと先輩が教えてくれた。
「では、お詫びの祈祷と…貢物が何が良いか村人に訊いて捧げましょう」
ウィリアムとアルフレッドは「そこまでするのか」という顔だったが。
「自分の住処を土足で荒らされていますからね」
マーカスが追加で加えた言葉に態度を改めてくれる。
「っ!」
「すぐに手配しよう!」
慌てて二人は貢物を手配するのだった。
「二人の知識は…やはり、冒険者からか?」
「私はそうですが」
アメリアはチラリとマーカスを見る。
「私は騎士の見習い時に、国内をあちこち回りましたからね」
「?…なぜだ?」
見習いと言うと、大抵は王宮の鍛錬場で朝から晩までしごかれるからだ。
たまに遠征と言う名の辺境での訓練があるくらい。
「もうその頃には、魔剣を先代から譲り受けて所持していたのですよ」
マーカスが苦笑して言うとアメリアは同情の眼差しを向ける。
ウィリアムとアルフレッドの二人はわからないようだったので、説明をしてあげた。
「魔獣の中には魔剣でしか倒せないものがいます。…冒険者で魔剣持ちもおりますが引手数多で、そして当然、お強い方が多く依頼料が高額なのですよ」
慈善事業ではないのだ。そうでもしないと人間的な生活が出来ない。
なるほど、とアルフレッドも同情の眼差しをマーカスに向ける。ウィリアムは分かっていなさそうなので、アルフレッドが説明を引き継いだ。
「騎士団に依頼すれば、無料で派遣してくれますから」
「ああ、なるほど」
「しかし税金を収めていますから、タダではありませんがね」
全員の視線を受けて、マーカスは肩をすくめた。行けと言われれば行くしかない見習いだ。
しかも魔剣を持ち将来を約束された地位にいるため、嫉妬する周囲を黙らせる功績を挙げねばならない。
「…報酬は?」
ウィリアムが質問してくれた事に嬉しく思いつつ、マーカスは答える。
「もちろん、見習い料金ですよ。出張代、魔獣討伐代が少しだけ入りますが」
治癒代もタダだ。そうでなければやってられない。
「きつすぎるな…」
「いいえ、そうでもありません」
実を言うとその派遣自体、騎士団の仕組みを利用したメイソンの策略だったのだが、先代もマーカスも気が付いている。王都近郊では、魔獣など全くおらず魔剣持ちの鍛錬とならないので、敢えて利用させてもらった形だ。
お陰で騎士団最強と言われたジャックと対等に打ち合えるまでになり、誰にも文句を言わせる事なく父の跡を継いで騎士団長となる事が出来た。
その時のメイソンの不機嫌そうな顔は、今思い出しても酒が飲めるほど爽快だ。
「私どもは、強くならねば仕事になりませんからね」
「なるほど…」
呟き考え始めたウィリアム。最近はその都度考える事が常態化してきていて皆はそれを暖かく見守っている状態だ。
しかし、そこへノックの音が響いた。
「…オズか。どうした?」
気配で部下だと察知したマーカスは、質問しながら扉へと向かう。
開いた扉の前に居たのは、厳しい顔をしたオズだ。
「行方不明者が、見つかりました」
「!」
ただ見つかっただけでは、このような表情はしないだろう。
マーカスは背後を振り返ると、皆が立ち上がっている。
「…行こう」
「はい」
オズは先頭に立って歩き出した。
彼が歩を進める度に、ウィリアムは「おや?」と思い始めた。
「兄上、この先は…」
「…ああ」
騎士団の建屋経由になっているが、その先にあるのは離れがあった場所。
睡蓮を移動させ池を埋めて、平屋だが重厚な石を使って造られていたために少々時間をかけて解体されていた。
その場所に何があるというのか。
例の小さな花はすっかり無くなってその場所は土を晒しており、建屋も基礎を残してもう上部分はない。
囲むように騎士団員が重苦しい表情で警備をしており、一人は地面を見ていた。
「…地下か?」
到着するとマーカスはオズに尋ねる。彼は頷いた。
「ありました。”知らない地下”が」
屋敷跡地の端、元リネン庫だった部屋の床に魔力の揺らぎが感じられ床のタイルを剥がしたらば、地下に空間があることが分かったと話す。
「レンガで造られたものです」
オズの言葉にウィリアムはアルフレッドを見たが、彼も首を横に振った。
「ここは…王族の療養の為に建てられたとしか聞いていません」
「俺もだ」
だからリリィを匿うための屋敷としたのに、と思った所で気がつく。
「メイソンはこの場所にある何かを隠そうと俺たちを利用して…?」
「そうかもしれませんね」
アルフレッドは柔らかく同意するが、もう確定だ。ウィリアムは自分たちが過ごした屋敷の真下に人が居たとは、と思うと同時に震えがくる。
オズは”見つかった”と言ったのに、案内された場所はその者たちが保護された部屋ではないのだ。
「宮への抜け道は?」
「ありません」
どこかに出入り口があるわけでもなく、完全に蓋をした状態だという。入るとしたらリネン庫のタイルを剥がすしかない。外部との繋がりは空気穴だけ、地下から池の中へと筒が伸びて外に繋がっていたらしい。
(なるほど、影渡りが出来る者が前提か)
マーカスは油断せず「まずは自分が確認をします」と三人へ伝えてオズを伴い階段を降りて行く。
(古くもなく、新しくもない)
50年は経過していないが、苔が生えているところを見るとごく最近に造られた感じでもない。しかし上の離れは100年は経過している。
(後から造らせたか…?)
もしかしたらその時代に、行方不明の土木業者や大工が複数人いるのかもしれない。
階段下のひんやりとした空間に辿り着くと、オズが言う。
「先程は嘘を申しました」
「ん?」
「…複数の遺体がリネン庫の床に散らばっていました。横にはその入口が開いていました」
「形状は」
言えないとしたら、その部分だ。
「例のメイドと同じです」
「そうか…」
服と皮だけを残して中身が消えた死体だ。
足跡が響く室内には小さな牢が左右にあり、そこに遺体がまとめて置かれていた。
メイド服ばかりだが、一人だけ違う。
「その方は、文官の一人です。昨夜は仕事を終えた後に寮へ戻っていません」
「脅されたか」
「かもしれません。…宰相様の執務室前は文官たちが通る通路でもありますから」
「気をつけるように、言うべきだったか」
「ですがねぇ、理由がありませんよ」
”怪しいから”だけでは理由にならない。
「地下室を開けたのは、この文官か?」
「そのようです。手の部分が汚れています」
足がつかないように人を使ったようだ。
「可哀想に…」
「ほんと、同情します。…メイドたちにも」
メイド服は薄汚れていた。閉じ込められた期間が長いのだろう。
メイソンの命令で離れを牛耳っていたメイドのエーファが捕縛された後は、彼女たちの食事や水分はこの文官が提供していたのかもしれない。
「もしかしたら、助け出そうとしたのかもしれませんね」
「ああ」
宮中の勢力図が塗り替えられた今しかない、と思ったのか。
少し沈黙が流れた後にオズが呟く。
「宰相様の…老化現象と繋がりますかねぇ」
「…どうかな。もう一人の食事かもしれん」
騎士団は隣国ペルゼンの指導者であるロニー・カーターからの情報を、イザベルの夫であるエリックから受け取っていた。
邪法を使っているのはメイソンではなく、姉のルシーダだ、と。
ルシーダの末路は誰も知らない。贅沢をしてきた人間が追っ手に見つからずに野山を越えられるはずもなく「どこかで野垂れ死にしただろう」という、歯切れの悪い噂だけが残っている。
(敵は確定したが…今は、尻尾すら見つからん)
マーカスはため息をつきつつ、質問をする。
「室内の足跡は?」
「複数です」
新しい物が複数。男一人と女性たちの足跡だ。
「多いな…」
「ええ。二つだけだと話が早くて済むのですがね!」
奇妙なのは出て行く足跡だけで、入った時の足跡は文官の靴の跡しかないことだ。
「やはり影渡りの能力か」
魔族が持つ非常に厄介な能力だ。それを使いメイドたちを地下へ攫ったのだろう。
「はい。でも…最近は無くなっているような?」
月光石の効果もあるだろうが、王宮内の全ての場所を賄えているわけではない。
現に、この離れの跡地も後は壊すだけだから、と除外していた。
「もしかしたら、非常に魔力を消費する能力なのかもな」
「ですねぇ。完全な魔族ならそんな事気にしないでしょうし…力を借りている、くらいですか」
「ああ」
左右を牢屋に囲まれた通路の先、突き当りには重厚な扉がある。天井が低いのも相まってまるでダンジョンの、強敵が居るような場所の扉だ。
「この中に、もう一つ遺体があります。魔物は居ません。水が染み出していて滑りやすいので足元に気をつけて下さい」
地上に池があったのだ。少しずつ漏れていたのかもしれない。そう考えてマーカスは頷いた。
「分かった」
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