第32話 歯痒い思い

 その数日後、庭園のただれを起こした薬草が特定されたあとに、裁判が再開された。

 証言者たちが再び城の一角にある裁判所へ呼ばれ、控室に案内されるが皆一様に不安な様子だ。

 隣の部屋から透き通った壁越しに彼らを見ながら、アメリアは言った。

「あの方、おかしいです」

「え?」

「右の奥に…一人がけのソファに座っている女性です」

 不安そうな面々の中で唯一、そうではない顔をした中年の女性。アメリアは彼女に非常に見覚えがあった。

(ダイアナの手下じゃない!!こんな事もやってたのね!?)

 はらわたが煮えくり返りそうだ。

 彼女はダイアナの居ない間にアメリアへつきまとい、所作が悪かったことや、何か不用意なことを言えばそれをダイアナに逐一報告していた。ミスを見つけた時にいやらしく微笑むのだ。

「本当ですね」

「なんというか…面倒くさそうだと思っている顔だな」

 アメリアの言葉にアルフレッドが頷き、ウィリアムが分析する。

 自分が目にしたことのある態度には、非常に目が利くウィリアムだ。

「部屋から外しましょう」

「ええ。一人ずつ、身元確認と言って呼び出せばいい」

 マーカスが言えばアルフレッドが理由を付け足す。

 ウィリアムはトントンと進むその様子を、頼もしく見ていた。

(それを俺は…メイソンの言葉を鵜呑みにして遠ざけていた…。これから、挽回せねば)

 怪しい女性が呼ばれて部屋から連れ出されると、室内にいる人の表情が変わる。

 緊張はしているがホッとした表情で目配せをし合う者もいる。

 どうやら彼女に見張られていたようだ。

「王妃様は勘が良いですね」

「ええ、冒険者として活動していた期間も無駄ではないという事ですね」

「はい!?」

「あ、アルフレッド様、私のことはアメリアとお呼びください」

「い、いえあの、今、冒険者と…?」

 珍しく困惑した様子のアルフレッドに、ウィリアムは吹き出してしまった。

(俺も緊張していた、か)

 アメリアはわざと暴露したのかもしれない。

「では、行ってくる」

 扉へ向かいながら伝えると、背後から「よろしくお願いします」というアメリアの声がかかる。

(そう言われるのも、初めてかもしれない)

 ウィリアムはマーカスを伴い廊下へ回ってから隣の部屋の扉をノックして開くと、中へ入った。

「え…?」

「誰…」

 コソコソとささやきあう声がする。

 騎士の服を身にまとった美しい男性が入ってきたのだ、当然釘付けになる。

「さすが陛下。見た目が良いのは得ですね」

「アメリア様…」

 隣で固唾を飲んで見守るアルフレッドは苦笑して嗜める。

「あ、ほら、始まりますよ」

 ハッとしてアルフレッドは透明な壁越しに兄を見る。こんなに緊張するのは久々だ。

 ウィリアムはすいっと室内を見回すと、口を開く。

「今日は裁判の再開によるご足労、ありがとう。私は…国王のウィリアムだ」

 室内にいる人々が驚き、あるいは口を押さえてウィリアムに注目する。

 その中にいる一人の騎士が…庭園で毒が撒かれたのを目撃したという者がいるのだが、その顔がますます青くなっていた。

「私は…幼馴染の庭師に連れられて王宮の庭園へ来ていた、パン屋の娘であるリリィに恋をした」

 そう伝えると、騎士以外はじっとウィリアムをじっと見ている。

「そのまま城へ住まわせてしまったことで…あなた方には非常に迷惑をかけた。すまない」

「!!」

 頭を下げた王にどうしてよいか分からず、皆固まっている。

 ウィリアムは頭を上げてその様子を見た。

(…これが、俺が持たされた権力か…)

 居るだけで平民を黙らせる権力。謝れば逆に困惑させてしまう。

「手短に伝える。嘘の証言を強要されている事は分かっている。だから、その証言をしないでほしい」

 数秒の沈黙の後、毒入りパンを食べた、と証言をした者がおそるおそる尋ねる。

「…身の安全は、確保されますでしょうか」

「ああ。しばらくは…ほとぼりが冷めるまで匿った後、街へ戻そう」

「生きて、ですか?」

「!」

 死体が街へ戻される可能性があることに、言葉のアヤに気がつく。

(そうか…メイソンはずっとそうやって、俺を騙してきたんだな…)

 非難しても「本当のことを言っていますよ?」と言われるのだろう。

「ああ。完全に元の生活とまではいかないが、怪我をさせず生きたままだ。働けていない間の補償金も渡そう」

 ウィリアムが約束をするとようやく、緊張した顔に安堵の色が混じった。

(嘘で人を殺すことと、自分たちもいずれ消される事に怯えていたのか)

「陛下。もうそろそろ」

「ああ。本当に…私のわがままでこのような事になってしまい、すまない」

 もう一度ウィリアムは頭を下げて謝ると、マーカスに連れられて出て行く。

 出て行く間際、マーカスは部下へ言葉を投げた。

「…お前の姉は無事だ」

「!!」

 騎士は立ち上がるが、それだけを伝えてマーカスは扉を閉じる。

 騎士は室内にいた男性に「アンタも大変だったみたいだねぇ」と同情されていた。

 その様子を息を殺して見ていたアルフレッドは、深い溜め息をつく。

「はぁ〜……」

「成功ですわね!…ほら、もう皆の顔が違う」

 室内に居る者の顔が変化している。緊張はしているが、覚悟を決めたような顔だ。

「…貴女は随分と、余裕ですね」

「いえ、そうでもありませんわ。顔に出してないだけです」

 20年間鍛えられていた表情筋は、今の体にはまだない。どちらかと言うと、冒険者時代の冷静さを引き出している。

「私も…冒険者をやったほうがいいのだろうか…」

「あら!それはもう少し落ち着いてからにしてくださいね」

「…アメリア様?」

 しかし彼女はアルフレッドに静かに微笑むと、そのままウィリアムを出迎える為に扉へ行く。

 が、開いた先に居たのは焦った顔のマーカスだけ。

「あら?陛下は?」

「…おそらくですが、メイソンの元へ」

 憤怒の表情で走って行ったという。アメリアは振り返った。

「アルフレッド様!」

「ああ!」

 アルフレッドもまた走り、兄の後を追った。アメリアも行こうとして止められる。

「ここは、アルフレッド様に任せましょう」

「…そうね。私達が見届けないと…」

 せっかくウィリアムは頑張ったというのに、何かに気がついて我慢が出来なかったらしい。

 アメリアは仕方なくマーカスとともに暗い色のローブを羽織りフードを被ると、傍聴席へと向かった。


◇◇◇


「兄上!」

「……」

 ウィリアムの悪い癖だ。

 頭に血が上ると無言になる。

「兄上が誰に怒っているかも、分かっているつもりです。一緒に参りましょう」

 アルフレッドの素直な言葉に、怒り心頭だったウィリアムは少しだけ冷静さを取り戻す。

 そして小走りから大股で歩く程度になった。

「…お前は、どう思っている」

「裁判の事ですか?」

「違う。奴の事だ」

 ウィリアムの中では、メイソンへの評価が逆転したようだ。

 しかしそれでも、宮中の半分以上は彼の手の中にある。

「一人で立ち向かうには、恐ろしい相手だと」

「…お前はずっと、そうしていたのではないのか?」

 しかしアルフレッドは自嘲気味に笑った。

「ですが…正直、私ごときでは勢力図が書き換わりません」

 持病もない健康な王の、弟という中途半端な立ち位置。

 ウィリアムがメイソンの言いなりになっている状態を日々見ている臣下たちは皆、あちらへついている。

 今回のように的確に指示をしなければ、大きな流れに身を任せてしまうのだ。

 放置するのは危険だと分かっているが、流れの強い大きな川は小石を積み上げてもせき止められない。

「そうか…。今まで、一人でやらせてしまって、済まない」

「!」

 背後を歩きながら、亡き先代の王妃に似た華奢な背中を見る。

「…父上も、こんな俺だから手紙もよこさないのだな…」

「!!」

(なんということだ)

 アルフレッドは唇を噛み締めてから、静かに言う。

「父上は手紙を、私たち兄弟に、送っておられます」

「!」

 ウィリアムは足を止めて背後を振り返った。

「…本当、なのか?」

「はい。私に届いた内容には、”ウィリアムにも送ったのだが”という前置きも多いです」

「……。そうか」

 拳を握った兄の腕に手を添える。

「ですが、兄上。その事はおそらく咎められません」

「どうしてだ」

「…様々な理由を上げられて、”そうだったのですか?知りませんでした”、で終わります」

 ギリッと口元から音がした。

 しかし本当のことだ。

 配送した者、または受け取った者…メイド、侍従、途中で介する者のうち、誰かの罪になるだけ。

 そうなれば宰相の息が掛かっていない者に罪がなすりつけられるだろう。

 説明をするとウィリアムは、口を引き結び猪のように溜めた空気を鼻から吹き出して怒りを逃す。

「…なぜ、そんな事を」

「決まっています。兄上を、孤立させるため」

「そんな事をしてなんになる」

「自分に頼らせるためです。…そうなったらあとは、”私がやっておきましょう”、で終わる」

 身に覚えが山程あるのだろう。ウィリアムは片手で両目を覆った。

「…俺を、操り人形にするためか」

「はい」

 残酷なことだが、アルフレッドは正直に伝えた。

 マーカスから聞いたアメリアの事を見習ったからだ。

(今までは遠回し過ぎたのか…)

 同じような教育を受けたが、その素質は異なる。ウィリアムは昔から正直すぎて、口うるさい教師のドロシーに捕まってよく理不尽な内容で怒られていた。

「兄上。まだ、間に合いますから」

「そうだと思うか?」

 父が倒れたあと15歳の成人の儀を終えてすぐに王となった。それから9年、ずっとメイソンに頼ってきた記憶しかない。

「兄上が気が付いてくれました。その事は、非常に大きいのです」

 少し背の高いアルフレッドがじっと自分を見てくる。

 いつもは見下ろしているのではないか、と勘ぐっていたが、その態度は真摯だ。

 よく考えたら、自分が彼の目を見ていなかった…受け止められていなかったように思う。

 父の側室である穏やかな性質のパメラに良く似た、銀の髪と青灰色の落ち着いた目だ。…彼女は今、父と共に静養地へ行っている。

 その事も、自分が除け者にされているのではないか、と考えた一因なのだが。

(俺が、勝手にそう思っていただけか…)

 本当に情けないと思う。

 うまくできない、と毎日考えていて庭園へ逃げていたら偶然リリィと出逢った。

 その一途な思いすらも、利用されるとは。

「…協力を、してくれるか」

 その言葉にアルフレッドは驚き、しかしゆるゆると笑顔が広がった。

(…ずっと、俺のこの言葉を、待っていたのか…)

 本当に申し訳なくなる。

「もちろんです!」

 少年時代と同じような笑顔を向けられて、ようやく、彼も…弟も護らねば、と自覚した。

(後悔は後だ)

「ひとまず、宰相に苦言を言う」

「はい。…まぁ、言い返されるでしょうが、今日はそれまでにしましょう」

 敵対したことが分かればいい。

 ウィリアムは頷き、兄弟は並んで宰相の部屋へと向かったのだった。

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