中編2

 会計が終わって、居酒屋を出ると二次会の流れになった。

 今日は土曜日。会社勤めの人たちやフリーのイベントディレクター(職業欄には自営業と書くらしい)は明日も休日らしく、繁華街の方へ歩き出していった。

 私とひとみを除いて。


「仕事、大変なんだ」

 駅までの道中。探してやっと出てきた話題は特別感のない、使い古されたものだった。


「まあ、それなりにはね。今日も会社からそのまま来ちゃった」

「休みとか取れてるの?」

「うん、2、3週間に1回は」

「ぜんぜん取れてるって言わないよ」


 そうだね、と言って笑うひとみを見て、なんだか虚しくなる。本当はこんなのではなく、彼女としかできない話をしたいのに。ひとみが忙しいことだって、さっき皆といるときに聞いた。


 反対方向に歩いていく人々が少しだけ羨ましい。特に、学生ぐらいの若者たちが目につく。彼らは仲間たちと一夜を過ごすことに、疑いや迷いのない表情でアーケードを抜けていく。学校やアルバイト、サークルや恋愛、将来について熱っぽくバカ騒ぎの中に紛れ込ませて語るのだろう。


 私は彼らのような“かつて”を経験した。そして、今やその豆電球ほどに明るい未来を見据えていた“かつて”から解き放たれ、温かいオレンジ色の光の中で過ごしている。不確定な未来を捨てたことに後悔はない。


 だけど、どうしてだろう。ひとみが合流してからずっと、胸の奥がじんわりと熱を帯びている。それは、火のようでもあり鉄のようでもあった。風が吹けば消えてしまいそうで。触ると冷たい。

 だけど、私は知っている。この熱はやがて大火のように大きくなる。握っていれば、応じるように熱くなる。


 それをまた、求めている。

 そうだ、かつてだ。かつて、空っぽになったカーテンもない窓から月明かりが差し込む部屋で応えられなかった気持ちにも、今夜なら──。


「今夜は冷えるね」

「そ、そうだね」

 ビクッと肩が上がる。手をさするフリをして、指輪のかたちを確かめていたことがバレたのかと思ったが、ひとみはニッと笑って続けた。


「少し、付き合ってくれる? 実は飲み足りなくて」

「2杯目からソフトドリンクばっかりだったもんね」

「仕事が控えていたからね。酔いは残したくなかったんだ」

 ひとみは大事な試験や出来事の前はいつもお酒を控えていた。明日も大変なんだ、と気を遣いそうになるのをグッと堪える。


「せっかくだから、ぜひ」

 嬉しくてその場で小躍りしてしまいそうになる。この時の私はどんな顔で笑っていただろう。

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